garden 3




 誰かと親しくなりたいと思ったときに、どんな手段と方法があるのか。バーナビーは真剣に考えた。こんなことを考えたのは初めてで、また、テンプレート化された事柄を経験したこともなかったから、明晰と呼ばれる頭脳はまったくもって答えを弾き出すことはない。
 散々考えあぐねて行き着いた答えは、取り合えず毎日会いに行き、顔を覚えてもらい、会話をするということだった(これこそがまさにテンプレートであるのだが、バーナビーには判らない)。地道にすぎると思っても、人は一足飛びに他人の懐には踏み込めない生き物なのだ。
 人付き合いに不器用なバーナビーだが、相手が人懐こい人物だったことは幸いで、現在のところ、常連以上友人未満の関係が構築されつつある。
 そもそも、どこまで目指しているのかと自身に問えば、恋愛関係に持ち込みたいとの答えがあった。
(無謀だ…。僕は最初から解答の出せない問題に取りかかったようなものだ)
 これが正しく恋であるならば、実ることはないだろう。グローバルな視野に基づいて拡大解釈するならば、同性愛はすでにありふれた愛の形のひとつにしかすぎないが、国柄地域柄倫理柄というものがある。
 自らの気持ちであればいくらでも証明のしようがあるが、相手がそれを受け入れるかどうかはまったく別次元の問題だ。そも、恋愛感情を理論で展開、証明しようとする思考が間違いなのかもしれない。
 バーナビーはキースとの待ち合わせ場所に向かいながら、重い溜め息をついた。
 朝から降り続いていた雨はあがり、雲が切れた夜空には欠けた月が輝いている。それでも、夏特有のまとわりつくような湿気は鬱陶しく、憂う気分にいっそうの拍車をかけていた。
「遅くなりました」
「時間通りだよ。雨が上がって良かった」
 待ち合わせたのは大学前のバス停だ。ふたりとも、カジュアルだがややきっちりした印象の服装をしている。これから向かう場所は、それなりに品格のあるレストランらしい。
 研究について話をしながら歩いていると、見覚えのある路地に差し掛かった。夜に紛れて木々の緑は群青色に沈んでいるが、仄かな街灯に導かれるようにして立ったのは見慣れたアーチの前。
 上部に掲げられた木彫りの看板には、『シュテルンビルド』の重厚な文字がある。それだけでがらりと印象の変わったアーチを潜り、先をゆくキースについていきながら、バーナビーは虎徹との会話を思い返していた。
 間借り営業。
 ならばこれが、本来の正しい姿なのだろう。
 石畳に添って並べられたキャンドルと、木々の所々に吊るされたランタンが、太陽の下で見る風情とはまったく違う空間を演出している。そこかしこに植えてある可憐な花達も、いまは淑女のような佇まいだ。
 ウッドデッキにあるテーブルには、すでに何人かの客達が料理を楽しんでいた。花瓶に生けてあるのは、閉店間際に虎徹が手ずから挿していた白百合だ。
 虎徹の姿を思い出しながら余所見をしていたバーナビーは、だから気がつかなかった。
「ようこそ、シュテルンビルドへ。お久しぶりです。グッドマン博士」
「え!?」
 耳慣れた声に、思わず声が裏返る。振り向いたキースの向こうに立っているのは、鏑木虎徹その人だ。
「あれ? バニー?」
 確認するような問いだが、いまのバーナビーは前髪をゆるく上げて後ろ髪をまとめ、フレームのある眼鏡をかけていた。日中はコンタクトレンズをしているため、印象が変わって見えるのだろう。
「虎徹さん…」
「なんだ。ふたりはもう知り合いなのかい?」
「ええ。グッドマン博士、席にご案内いたします」
「堅苦しい、実に堅苦しいよワイルド君」
 ニヤリと目配せしあって笑うふたりに、バーナビーは唖然とする。
 見慣れているはずの店内は、テーブルすべてに白いクロスが張られ、高級感があった。椅子を引かれて着席し、渡されたメニューはドリンクのみが並んでいる。
「ロゼのスパークリングワイン、いいのが入っておりますよ」
「ロゼ?」
「ブルックス様がお好みだとか」
「なら、それをもらおうかな。ワイルド君、いい加減その口調はやめようよ。笑いが込み上げて食事どころじゃなくなってしまう」
「仕方ねぇなあ。他の客もいるんだぞ、キース。ワイン用意してくるから、少し待ってろ」
「他のお客だって、笑いをこらえてるに違いないよ。ああ、このテーブルのギャルソンは君を指名するからね」
「おう」
 ウインクして踵を返した虎徹の姿を、バーナビーは見つめ続けた。昼とはまるで違う姿に、ただただ面食らうばかりだ。
 細身のスラックスに、ウエストラインを絞ったベスト。襟元まできっちりと締めたネクタイ。腰に巻いた長いエプロンが、細さをいっそう際立たせている。唯一、プレスのきいたワイシャツだけが白く、あとは黒一色である。
 直線的な黒髪はオールバックにされていて、いつもは前髪に隠れがちな琥珀の瞳がよく見えた。昼間の虎徹は柔和な雰囲気をまとっているが、いまはどことなく精悍で、色気らしきものが滲んでいる。
「バーナビーはどこでワイルド君と?」
「は? ええと、ここです。ティータイム時間にカフェになっていて」
「ああ、なるほど。ワイルド君は…そうか。良かった、本当に良かった」
「博士?」
 目頭を押さえて涙ぐむキースに、バーナビーはますます頭が混乱してしまう。
「いや、すまないね。彼とは大学に赴任してからの付き合いで、いろいろあったものだから、つい」
「カフェをしていることは知らなかったんですか?」
「ああ。まさか戻ってきてたとは思わなくて」
 ワインを運んできたのは、別なギャルソンだった。見回せば、虎徹はウッドデッキの客に給仕しているところである。所作が美しい理由が得心できた。




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