バースデー・プロポーズ



「僕へのプレゼントはこれでお願いします」
 真剣な顔つきのバーナビーから手渡されたのは、一枚の紙だ。かつて一度サインしたことのあるその紙と、美しい碧の瞳を交互に眺め、虎徹はあんぐりと呆けてしまう。
「…婚姻届?」
「おじさんのサインを」
「おまえ、どの面下げて区役所に行ったんだよ」
 この顔ですが? と悪びれない様子に、虎徹はがりがりと頭を掻いた。
「欲しいっていったらくれましたよ」
「そらくれるだろ。周りびっくりしてなかったか? マスコミに騒がれてもしらねぇぞ」
「僕は別に構いません。むしろ好都合です」
 真正直なことは美徳だが、この場合のバーナビーは少し違う。願望と現実には隔たりというものがあり、その隔たりは、大抵が社会の常識と言われるものだ。言動には分別と責任がつきまとう。
 いまは酔いの戯言や無礼講の時間ではない。ここはヒーロー専用のトレーニングルームで、虎徹の後ろには他のヒーローたちが勢揃いしているのだ。
「この街って、いつから同性婚よくなったわけ?」
 背中に突き刺さる視線が痛い。しかし本当に痛いのは、周囲をまったく意に介さない目の前の男の存在だった。
「まだダメじゃないですか?」
「ならムダじゃん!」
「僕はね、おじさん。公的には認められなくても、あなたを妻にしたい。家族になりたいんです。口で言ってもはぐらかすばかりだし、信じてくれないでしょ? だから」
「紙にサインさせるって? ままごとと変わらない気がすっけどな」
「約束ですよ。ずっとそばにいるっていう」
「ふーん」
「勿論、正式な誓いはチャペルでします。式をするだけなら同性でも構わないでしょうし」
「……」
「虎徹さん」
 どう反応したものかと考えあぐねていたところに名前を呼ばれ、虎徹は僅かに動揺してしまう。
「…はい」
「僕は本気なんです。この紙一枚でどうにかできるなんて、真実思ってやしませんよ。でも、不誠実にこんなことはしない。だから自分で区役所に行ったし、誰になんと言われても、マスコミに叩かれ騒がれても平気です」
「まあ、おまえが区役所に行ったってので、本気度はわかるけどさ」
 家族というものに大きなトラウマと執着を持つバーナビーは、だからこそ、一時の気の迷いで軽はずみな行動はしない。生来の気質は素直で誠実な男なのだ。
「いまは出せない婚姻届ですが、いつか同性婚のできる国に移住して、公的に夫婦になるのもいいじゃないですか」
「へえ」
 バーナビーは虎徹の手をとって、恭しく甲に唇を押しあてる。
「大切にします、ずっと。だから僕に虎徹さんをプレゼントして下さい」
「それって、プレゼントの主旨外れてねぇか? 俺からもらってくれって言うもんなんじゃねぇの?」
「だってあなた、言ってくれないでしょ? それに去年は、欲しいものはないのかってしつこく訊ねてきたじゃないですか。だから今年は、その手間を省いて差し上げました」
「どこまでも上目線だな…」
 頬をひきつらせる虎徹に、バーナビーがにっこりと笑顔を見せる。
「好きなものは最後までとっておくほうじゃなかったか?」
「都合に合わない主義なら、宗旨変えするだけのことです」
「それこそご都合主義だろうが!」



「こ、これ、ドッキリでござるか?」
 見切れることも忘れたイワンが、傍らのパオリンに恐る恐る訊ねる。パオリンはあっけらかんと、
「公開プロポーズ罰ゲーム?」
とカリーナに投げかけたが、その形相の凄まじさに驚いてしまった。
「タイガーとバーナビーって、そゆ関係なの!? どんな冗談!?」
 カリーナは隣のネイサンに食って掛かるが、こちらは余裕の微笑みで渦中のふたりを眺めるだけだ。
「明日のトップニュース決定ね。アニエスにスクープだって連絡入れたら喜ぶんじゃない?」
「おめでとう、と言っていいんだろうか? 私は二人が幸せなら、それでいいんじゃないかと思う…。うん、そう思う」
 天然記念物並のおおらかさを持つキースだが、その微妙な言い回しは自身に言い含めるようなものだった。
「ヒーロー同士の同性婚なんてスキャンダルだぞ! スポンサーが降りて永久追放なんてことになったらどうすんだ!」
 長年の親友であるアントニオは、まさに右往左往の状態だ。その尻をさりげなく撫でながらネイサンか言う。
「あらん、ニューハーフには優しい世の中なのよ?」
「ゲイやホモにはまだ厳しい世の中だろうが!」
「やめてーっ! タイガーがホモなんて嘘よぉっ!」
 カリーナとアントニオの阿鼻叫喚を聞きながら、虎徹は実に弱っていた。しかし、隠し続けてきたふたりの関係が暴露されたことにでも、婚姻届をつきだされたことにでもない。
(サインしてもいいんだけどさぁ)
 娘と家族、そして生涯だだひとりの亡妻。なんと報告するべきなのか、その言葉が見つけられないことに弱り果てているのだ。
(たいがい俺も、こいつに甘い)
「とりあえず、ハッピーバースデーって言っとくよ、バニーちゃん」
「ありがとうございます」
 心底嬉しげなその笑顔に、退路はないことを悟る虎徹だった。





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