翡翠の恋人



 聖なる魔除け石。身に帯びた者を守護し、不老不死と、生の再生を意味する宝玉。
「綺麗だなぁ」
「よく飽きませんね」
「うん」
 手元の本に視線を落としたままだったバーナビーは、横顔に感じる、いっそ無遠慮といっていい視線に、心底呆れた溜め息をついた。
「買ってさしあげましょうか?」
「へぇ?」
「手元にあればいつでも眺められるでしょ?」
「いらねえよ。こっちのがいいもん」
 虎徹が両手でバーナビーの頬を挟み、まじまじとその瞳を覗きこむ。展示物を鑑賞するようなその眼差しに、バーナビーはきつく眉を潜めて目蓋をぴしりと閉じてしまった。
「あーっ、バニーちゃんのケチ!」
「あなたに見つめられるのは悪くないですが、視線が合わないのは不愉快です」
「合ってるじゃん!」
「どこが? おじさんが見てるのはこの目だけで、感情とか表情とか、これっほっちも僕を意識してないですよね。そういうのは、眺めてるだけっていうんです」
「…そうか? んなつもりはなかったけどなぁ」
「たちが悪い」
「んだよ、それ。…だっ!?」
 金色の長い睫毛がパチリと開き、真剣な情熱を湛えた翡翠の瞳が虎徹を射ぬく。その圧力に思わずのけぞりソファから落ちかけたところを、腕を引かれて抱き留められた。
 染みひとつない白皙の手が頬を包むことが気恥ずかしく、顔を背けようとしたが許されない。バーナビーは確かに不機嫌な様子だが、それにしてはこの眼差しは、内側に灯をともすようで居心地が悪かった。
「あの、バニー?」
 目を反らしたい。反らしたいのに、出来ない。これは引力だ。
「あー…、そんな目で見るなよ」
 虎徹が愛でてやまない翡翠色の瞳。透明度が高く冷んやりした眼差しは、まさしく気高さや高潔さを現していた。
「なぁ、バニー」
「あなたと同じことをしてるだけです。恍惚とした視線で見つめられるのは、たまらない気分になるでしょ?」
「恍惚って…えらい恥ずかしい言葉だなオイ」
 じんわりと背中が熱くなり、やがてそれは、頬に色を指して体温をあげる。
「あなたに見つめられるたび、僕がどんな顔をしていたか知らないでしょ。まったく、無防備に煽るようなことをしておいて」
「そりゃ誤解ってもんだぜ」
「ええ、だから腹が立つんですよ。あなただって、稀有な瞳をもっているんです。少しは自覚してくれないと、僕はどんなひどいことをしてしまうかしれません」
「ん? んん?」
 聞き捨てならないことを言われたような気がするが、あえてつつかない方がいい気がすると自衛して、虎徹はバーナビーの髪を撫でながら笑った。
「この瞳がおまえを護ってきたんだなぁと思えば、愛しくもなるんだって」
 内包している復讐心に濁ることなく、翳りもなく、この瞳はあまりに凄烈な美しさのために、他者を気安くよせつけなかった。孤独の殻のなかにあって歪められずにすんだのは、奇跡と呼んでいいだろう。
 古の人々が崇めてきたその意味。翡翠石の力は伊達ではなかった。
「…いと、しい、ですか?」
「ああ」
「愛しい…」
 途端、バーナビーの視線がうろうろとさ迷いだし、虎徹に触れていた手がソワソワしだす。
(わっかりやすいの)
 白い肌は誤魔化しがきかない。紅潮している頬を撫でてやれば、拗ねたように唇を引き結んで、けれどすぐに、その手のひらに頬擦りを繰り返した。
 瞳の強さが和らげば、浮きあがるのは誠実で優しい、等身大の素直さだ。バーナビー自身、意図しないで現れるこの姿を見ることは、どんな宝石を探し出すことよりも難しい。
「今夜は帰しません」
「明日、公開トレーニングなんだけど?」
「手加減は無理です。できません」
「…バニーちゃんの理性はいつもどこにエスケープしちゃうのかな?おじさん知りたいよ」
 性的に興奮していても、釦を外す指先は優雅で丁寧だ。しかし、それもここまで。
 バーナビーのなかに、容姿を裏切る雄々しい激情があることを、虎徹は誰よりも知っている。
 愛に満たされ放熱する瞬間の、自分を見つめる瞳が世界で一番美しいことも。





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