バースデー・プロポーズ 2012


「ハッピーバースデー、バニー。ほらよ」
 そう言って差し出されたのは一枚の紙だ。ええとこれは確か、去年の僕の誕生日に虎徹さんに渡した婚姻届。
 …サインがしてある。え?
「虎徹さん? あの?」
「おまえが言ったんだぞ。不誠実にこんなことしないって。言っとくが、俺だって冗談でこんなことしないからな」
 うわぁ、耳まで真っ赤だ。唇まで尖らせちゃって、可愛いなぁ。
 まさか、一年後に返事がもらえるなんて思ってもみなかったです。ていうか、ごめんなさい。忘れてました、僕。
 だって僕らは、籍こそ入ってないけど事実婚状態だ。一年前と大きく違うのは、安寿さんと村正さんには挨拶済みで、すでに了承をもらっていること。一番肝腎な楓ちゃんにまだ伝えていないのは、彼女がまだ小学生であり、思春期の最中に衝撃を与えるのはよくないと家族会議(いい言葉だ)で決めたからだった。
 僕は虎徹さんの手を掴んで、その甲に恭しく唇を押しあてる。
「ありがとうございます。すごく嬉しいです」
「喜ぶのはまだ早い。お前には試練がある」
「はい?」
「今夜、楓がこっちくるから、おまえの口から話せよ」
「え!?」
「お父さんを僕に下さい、だぞ」
 上目遣いで僕を見つめる虎徹さんは真剣だ。からかわれてるわけじゃない。
 背中に冷や汗が浮いてきた。だって今夜は、誕生日にかこつけてめいっぱい虎徹さんと愛しあう予定でいたんだ。そのために、部屋をカラフルな花で飾り立てて、ケータリングのコース料理だって頼んである。
 まさかいきなり本丸が登場するなんて…しかも、結婚の挨拶だと?
 普段はツンケンした態度を取ってるけど、楓ちゃんは虎徹さんのことが大好きだ。本当は一緒に暮らしたいんだろうに、ヒーローでいてほしいからと二部リーグでの活動に納得もしてくれている。彼女の聡明さは、きっと母親に似たんだろう。
 そして僕は知っている。彼女がどれほど芯の強い女の子であるのか、頑固であるのか(ここはまさしく虎徹さん似だ)。
「あの…虎徹さん」
「怖じ気づくなよ? 楓に反対されたくなけりゃ、いつも通りのハンサムバニーで丸めこめ。俺には無理だ、お手上げだ」
「そんな! せめて援護射撃くらい…!」
「…してもいいけど、こじれるぞ」
 ああもう、まったくその通り!
 ケータリングに連絡して料理をひとりぶん追加して、彼女の好きなケーキを用意しなくちゃ。
 正装したほうがいいかな? 拒絶されたらどうしよう。お父さんにもう会わないでって言われたら? お父さんもうヒーローやめてって言われたら?
「顔面蒼白だぞ? 大丈夫か?」
「なんか、物凄く緊張して…。安寿さんや村正さんの比じゃないかも…」
「他人の人生と結びつくってのは、簡単なことじゃねぇんだよ。この試練を乗り越えられなかったら、おまえは一生、楓のパパにはなれないぜ?」
 穏やかな顔をして言われた言葉に、息を飲む。そうか。僕は伴侶を手に入れるだけじゃない、娘を持つことにもなるんだ。
「どーする? やめとく?」
 婚姻届をひらひらと揺らしながら、虎徹さんが笑う。それは誓いの紙ですよ。手荒に扱わないで下さい。
 がさつなあなたが、この一年シワもつけずに大事にしまっていてくれた僕の愛情、誠意。去年よりもいまの僕のほうが、あなたをもっとずっと愛してるんです。だから。
「望むところです」
「それでこそ、俺のバニーちゃんだ」
 晴れやかに笑う虎徹さんが、触れるだけのキスをくれる。ああ、僕は幸せだ。人生最高の誕生日だ。


『お父さんを僕に下さい』
 やがて僕の娘になる女の子が、泣きながらイエスと言ってくれたのは、翌朝の食卓でのことだった。







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