Pleasure of kiss


 不機嫌な表情が貴公子然として見えるハンサムなど、世の中には多くない。むっつりと唇を引き結び、斜め下に落とした視線も刺々しいというのに、魅力がまったく損なわれないというのだから、バーナビー・ブルックス・Jr.は正真正銘の美形なのだろう。
 見ていて飽きない顔立ちに滲む苛立ちは、間違いなく自分に矛先が向けられている。これ以上刺激してはならないと思いながら、虎徹は瞼を伏せてひっそりと溜め息をついた。
 当人にとってはなんの意図もない仕草でも、相手の耳には感情的に聞こえることもある。兎ちゃんの渾名通り耳聡く反応したバーナビーは、眉を釣り上げながら地の底を這うような低い声音を響かせた。
「…おじさん」
「はいぃぃっ」
 いまでは鳴りを潜めたおじさん呼びに、動揺して声がひっくり返る。これは相当、機嫌を損ねている証しだ。
「なんで僕を避けるんですか?」
「だから避けてねぇって」
「なら、キスさせて下さい」
「…それは…ダメ」
「避けてるじゃないですか!」
「うぉっ、落ちつけ落ちつけ!」
 翡翠色の瞳が、鮮やかなエメラルドグリーンに燃えあがる。感情が昂るときに現れる変化に、虎徹は慌てて宥めにかかった。
 平素の冷静沈着な振る舞いの反動なのか、バーナビーは逆上すると手がつけられなくなる。出動中、能力を発動してエスケープするくらいなら可愛いもので、恋愛関係になってからは、セックスで容赦なく責め立てられるようになっていた。勿論、滅多にないことではあるが、予測できる危険には回避行動に出ないと、痛い目にあうのは自分なのだ。
「もう一週間、キスしてません」
「まだそんなもんだろー? もう一週間くらい平気じゃねぇ?」
「おじさんは馬鹿ですか? 公私共に四六時中一緒に過ごしてる恋人同士が、一週間もキスしてないなんて不健全極まりないですよ。異常事態です。言っときますが、セックスもしてないんですからね? 一日置きでさえ我慢するのがつらかったのに、一週間もお預けくらわされた僕の身にもなって下さい。オフィスやジムであなたを襲わなかった自制心を、誉めていただきたいくらいなんですから」
 一気に捲し立てられる内容に、虎徹はただただ頷いた。
 こちらを見据える眼差しはありありと欲情していて、いまにも飛びかからんばかりの気配を放っている。発言を否定しようものなら、自制心など簡単に握り潰して事に及ぶつもりなのだ。
「なぜなんですか? 僕に触れられるのがそんなに嫌なんですか?」
 荒々しい感情に支配されながらも、バーナビーの言葉には傷心があった。
「僕のこと、…嫌いになったんですか?」
「違う! 違うんだ…そんなんじゃねぇんだよ、バニー」
 いい歳をしたおっさんが、キスをされると真っ先に尻が疼くようになってしまいました…なんて、恥ずかしくて言えるはずがない。それに、正直に告げてしまえば、バーナビーが喜び勇んでキスの雨を降らせてくるのも目に見える。
 歯止めが効かないのはむしろ虎徹のほうだ。ひとたび疼きだそうものなら、存分に突き上げられなければ収束しない。ましてキスは行為中に何度も繰り返されるから、際限がないのだ。
(キスの分だけ突っ込まれてたら痔になるだろ…。つーか、ゆるゆるになって壊れちまう…)
 どこの世界に、尻穴の緩いヒーローがいるというのだ。ヒーローとは心身共に引き締まった、常に緊張感のある存在でなければならない。
 それに、括約筋は一度断絶したら元に戻らないらしいではないか。そんな悲劇だけは絶対に御免こうむる。
「じゃあ、僕のキスもセックスも、飽きてしまったんですか?」
「違うって」
「ならどうして!」
 食い下がるバーナビーの目尻には涙が滲んでいて、その必死さに、じんわりと胸が熱くなった。
「僕を拒まないで下さい…お願いです…」
「……」
 これほど真っ直ぐで情熱的な愛情を捧げられて、拒絶などできようか。
 虎徹はバーナビーの頭を引き寄せると、唇を合わせてゆっくりと啄んだ。一週間ぶりのくちづけは、蕩けそうなほど甘く心を満たし奮わせてくる。
「虎徹さんっ」
「んぁっ、…はぁ…あ…っ」
 貪り絡みつく舌に応えていると、やはり、尻の奥が疼いてたまらない気分になった。熱く濡れるような感触もあって、バーナビーの股間に乗せるようにごりごりと窪みを押しつけてしまう。
 一週間。禁欲したのは虎徹も同じだ。
(括約筋鍛える方法って、あんのかな?)
 我ながらバーナビーには甘いと思いつつ、自衛の方向変換を決めた虎徹だった。





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