愛の在処



 抱き寄せようと肩を引いたところで、胸に手のひらが押しあてられた。腕一本分の距離で拒絶されたバーナビーは、なにが起こったかわからずに虎徹をまじまじと見つめ返してしまう。
「虎徹さん?」
「去年を振り返ってみて、俺は反省した」
 声音も顔つきも、いつになく真面目だ。
「は?」
「今年はおまえを甘やかさない、甘やかさないぞ!」
 ビシッと音がしそうな勢いで突きつけられた人差し指に、バーナビーはやや呆けて碧の視線を落とす。
 場当たり的な行動をとる虎徹には、反省してほしいことがたくさんあった。現場での無理無茶無謀、オフィスでの事務処理能力の低さ、私生活面ではおっちょこちょいで無防備。まずはそれらを反省するべきではないのかと、思わず溜め息がこぼれてしまった。
「…指差すのやめて下さい」
「なんだよ、不本意そうだな」
「だって僕、甘やかされてました?」
「おおいっ、自覚なしか!? あんなこともこんなことも、アレがソレしてとんでもないことも、受け入れてやったじゃねぇか!」
「虎徹さん、悦んでたでしょ。むしろ僕のほうが甘やかしていたような気がします」
 琥珀の目がこれでもかと見張られて、唇が噛み締められる。鼻から大きく吸い込んだ空気が胸を膨らませ、ぴたりと止まった。
「虎徹さん?」
 耳まで真っ赤になった虎徹の目尻に、涙が見える。プルプルとちいさく震えているのを感じて、バーナビーは押しあてられたままの手を掴んで顔を近づけた。
(怒ってる…のかな?)
 なにか気に障るようなことを口走ったのだろうか。虎徹はいま、甘やかさないと言った。つまり、ずっと意図して甘やかしているつもりでいたということだ。
(あ、泣く…)
 目の縁いっぱいに涙が溜まっていく。ここは機嫌をとっておくほうがいいかもしれない。
「ねぇ、どんなふうに甘やかしてくれてたのか教えて下さいよ。じゃないと、すげなくされたときに傷ついたりしてしまうんで」
「だぁっ! 都合よく解釈すんじゃねぇ!」
 頬を滑った涙を追いかけて舌で掬いとり、バーナビーは虎徹の喉仏をやんわりと噛んだ。嫌がるように髪を掴まれたが、負けじと吸いつき舐めまわし、快楽の扉をこじ開けさせた。
 舌に感じる喉仏の動きが、性的なものに変化している。唾液が垂れて鎖骨にたまり、やがて流れて胸元をなまめかしく濡らした。
「やめっ、バニー!」
「お願い、虎徹さん」
 にこやかに微笑んでみせれば、虎徹は怯んだように視線を逸らす。バーナビーは両手で頬を包んで、強引に瞳を合わせた。
「甘やかしてみせて?」
「…やだね」
 唇を尖らせ視線だけでそっぽを向き、虎徹はバーナビーの体を押し返した。ここで流されては元の木阿弥、反省が無駄になる。
 虎徹はバーナビーの顔が好きだ。女性的ではないのに、見惚れるほどの美しい顔立ちは、本音をいうならいつまでも観賞していたい。
 笑顔はさらに綺麗だ。しかもそれが、自分だけに向けられるものだとわかっていれば、年甲斐もなくときめいてしまうのも仕方がない。とどのつまり、虎徹はバーナビーの笑顔に弱かった。
 それを知ってからというもの、バーナビーは笑顔の使いどころを計算するようになった。あざとさ極まりないと思っても、抗えないのが己の弱さ、甘さだ。
「気持ちいいの、好きでしょう?」
 大きな手のひらが背中を直に撫でてくる。喉仏をちゅ、ちゅと甘噛みされて、肌がぞくりと奮えた。
「挿れさせて下さい」
 背筋に添って滑った手が下着のなかに侵入し、双丘の中心を圧してくる。バーナビーはすでに前を勃てていて、甘い息をこぼしていた。
 こういうときだけ素直で率直なのはいかがなものか。
 人前や公な場所では頼りがいのある完璧なヒーローだが、虎徹の前では思春期の少年のように不安定な意地や甘えを見せてくる。どちらも意図して演じ分けているわけではないから、この二面性は生い立ちによって作られたものだった。
 天涯孤独で常に他人に気を張っていなければならず、甘えることもしなかった。ともすれば高慢に見えがちなバーナビーの行動や言動が、嫌味なく世間に受け入れられているのは、根底にある高潔さが伝わるからだろう。
 虎徹はバーナビーのもつその煌めきが愛しくてたまらない。
「だめだって…っ!」
「挿れてしまったんで、もう無理です」
「ばかやろ…っ、うぁっ、あ!」
 片足を抱えられて緩やかに突き上げられながら、結局虎徹は背中に腕をまわしてしまう。
(甘やかしたいわけじゃねぇんだよ…)
 ただ、愛したいだけだ。それなのに、せっかちなバーナビーは身も心も欲しいのだと抱きしめてくる。
 人生は長いのだ。もう少し緩やかなペースで愛を育んでもいいではないか。このままでは、虎徹の体が根をあげてしまう。
「も…全部、おまえのもの、なのに…っ」
 掠れた声でついた悪態は、どうにも愛の告白にしか聞こえない。失言したと気づいたが、さらに深くを穿たれてもう言葉がでなかった。反省するべきは、この迂闊さだったか。
(俺の馬鹿!)
 見上げたバーナビーは照れたように微笑んでいる。その顔があまりにも幸せそうで、うっかりときめいてしまう虎徹だった。





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