聖バレンタインの悲劇。1



 フロントホックの白いブラジャーはレース素材でフリルがあしらわれ、乳輪が僅かに透けて見えている。両脇を紐で結ぶショーツは股上が浅く、かろうじて陰茎が納まる程度。バックスタイルはTではなかったが、それはこの際、なんの救いにもなっていない。初めてつけたガーターベルトと、ストラップで吊り上げられたストッキングの食い込みも着心地が悪く、虎徹は苦虫を噛み潰したような顔で、もじもじと膝を擦り合わせた。
「素敵です…」
 艶っぽい声音で囁くバーナビーに、全身が火を吹くように熱くなる。羞恥心と情けなさに涙が滲むが、色欲に爛れた相手にとっては興奮材料にしかならず、そのうえ、容赦ない追い討ちが待っていた。
「なぁバニー」
 無駄と知りつつ確認してしまう。もはや顔を見ることもできず、虎徹はベッドの上を後ずさった。
「なんですか?」
「また、その…撮るのか?」
「もちろんです」
 サイドテーブルの引き出しを開けたバーナビーの手には、カメラが握られている。一見するとただの小型ハンディカムだが、ムービーと写真撮影機能のほかに、暗視スコープやサーモセンサーまでついている優れものだ。ヒーローTVが潜入取材用に開発したもので、フォートレスタワー爆破事件の折りに活躍したものでもある。
 そのカメラをわざわざ払い下げてもらったと聞いたときは、開いた口が塞がらなかった。金の使い方を知らないお坊ちゃんだと常々思っていたが、これには引いた。ドン引きした。いや、そもそも男である虎徹のために、オートクチュールの下着を発注することが極めつけである。
『あなたの姿を記録するのに、一般家電はあり得ない』
 きっぱりと言い切ったKOHの表情は、これまでのどんな登場シーンより自信と気迫に満ちていた。神はバーナビーにいくつもの美徳を与えたが、完璧には程遠い欠点を加えることも忘れなかった。すなわち、性的嗜好の歪みである。
「……」
 虎徹はぐし…と微かに鼻を鳴らした。涙はもはやこぼれる寸前だ。素面のままこの恥ずかしい姿を記録されていることが、どれだけ情けないことなのか、目の前のハンサムには永遠にわかるまい。
 バーナビーが下着プレイに目覚めたきっかけは、泥酔した虎徹の悪ふざけだった。たとえ、まったく記憶に残っていないことだとしても(写真にはしっかりと収められていた。バーナビーが撮影プレイに目覚めたのもこの時である)、仕掛けたのはこちらだから責任の一旦はあるのだと思う。
 どうせなら、こんな趣味から目を覚まさせてやることで責任を全うしたい。が、これはれっきとした性癖なのだ。簡単に治るものではなかった。
「虎徹さん、こっちを見て。ライトが少し暗いかな。白が映えるように明るくしましょう」
「だぁっ! どうせなら消しちまえ!」
「暗視スコープがお好みですか? 質感が悪くなるから僕はイマイチなんですよね」
「そういうことじゃねぇだろ…」
 試し撮りにシャッターを切る音がする。虎徹は膝を抱えて顔を埋めた。
 もしもデータが流出することになったら、それを考えるだけで背筋が凍りつく。お天道様の下を歩けなくなるどころではない。父親としての威厳も、ヒーローとしての矜持も、男として、いや、人間としての尊厳そのものを失うことになる。
 不幸にして唯一幸いだと言えることがあるとすれば、バーナビーは虎徹の悩ましい姿を独占することに執着しているので、データ管理は徹底しているということだ。衆人の目に晒すような迂闊なことはまずないだろうが、だがしかし、この世に絶対だとか磐石だとかいう言葉は存在しないことを、虎徹は嫌というほど知っていた。
「今日はどんなポーズにしましょうか。ストッキングを強調して、足元から舐めるアングルがいいかな? 仰向けで胸元から足元まで抜くのもいいかも。ああ、ブラに近いと虎徹さんの可愛い乳首が写っちゃいますね。今回の生地は絶妙な透け感だから」
 カメラ片手に真剣に悩む姿は、実に様になっている。
(ただし、被写体が俺じゃなきゃな…)
「そうだ! ハイヒール忘れてました!」
 忘れたままでいてくれよ。呟いた言葉は嬉々としているバーナビーには届かない。





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