遅れてきたバレンタイン。
または聖バレンタインの悲劇。 後編



 ガチャリ、という金属音は、鎖のついた足輪を取り上げた音だろう。
「そういうのはデートDVって言うんだぞ。恋人同士でも、相手が嫌がることはしちゃいけないんだぜっ」
 言い終わらないうちに、虎徹はドアへ向かって駆け出した。その瞬発力たるや、世界ランクの短距離走者をぶっちぎる速さだ。
 しかし。
 背後が青白く光っていた。気づいたときには、振り向く間もなく背中に詰め寄られ、壁へと前面を押しつけられてしまった。
「だぁ! ハンドレットパワーは卑怯だぞ!」
「あなたもどうぞ?」
「俺は人助けのためにしか使いません!」
「なら、あなたの都合で卑怯と呼ぶのは筋違いでしょう」
「屁理屈!」
「なんとでも」
 能力使用で輝くバーナビーは、まるで天使のように美しい。目的が目的でなければ、シュテルンビルト大聖堂のステンドグラスの下にでも飾っておきたいくらいだ。
「逃げるなんてひどいな。僕、傷ついちゃいました」
「奇遇だな。俺もだよ…」
「癒してくれますよね? マイスウィート」
 釦を引きちぎることのない、繊細な指使いで再び脱がされたシャツは、今度こそ遠くへと放り投げられた。剥き出しになった肩胛骨に滑った舌が這い、明らかに欲情しているその熱さに我を取り戻す。
「おまえの理性はいつもどこにエスケープするんだよっ!」
「僕はいつだって理性的な人間です」
「これが理性的な人間のすることか!」
「ええ。バレンタインデーには、恋人とスペシャルな甘い夜を過ごす。誰だって普通に考えることでしょ?」
「〜っ減らず口!」
「ねえ、虎徹さん。両方いっぺんにするのがダメなんですか?」
 耳朶に触れながら、いつもより低い声音で囁くバーナビーに、ぞくりと肌が粟立った。必死に抵抗しているはずのに、ハンドレットパワーの前では、そよ風に揺れるカーテンほども太刀打ちできていない。
「そういうことじゃねぇだろ! もっと普通のプレゼントができねぇのかよ!」
「虎徹さん、縛られるの好きでしょう? この前の赤い紐に縛られたあなた、すごくセクシーでしたよ? ああ、革よりあっちのほうが良かった?」
「バニーっ」
 下着ごとスラックスを下ろされ、終いには、足を引き抜くためにダンッと衣類を踏みつけられた。
(ああ…ノリノリになっちまった…)
 世の中には様々な性癖があるのだろうが、バーナビーはすこぶる探求心が凄かった。あらゆる性癖を調べあげては学習し、持ち前の器用さで大抵のことはそつなくこなした。実験台にされる身としてみれば、混乱と容赦ない快楽に突き落とされて、毎回寿命の縮む思いがする。
「虎徹さんが僕をこんなふうにしたんですよ?」
 マニアックなことをされるたび、たしなめ拒絶し、叱りつけてはみたものの、いささか本気度が足りなかったかもしれない自覚がある。すべては愛ゆえだと懇願されてしまっては、無下に懲らしめることなどできなかったのだ。
 バーナビーの恋人になるまでは、これほど無防備ではなかった。大人としての分別も、わきまえていたはずなのに。
「そのセリフ、そのまま返すわ…」
 こんな体に誰がした。後ろに突っ込まれなければ絶頂に到達することができないなんて、いったいどんな冗談だ。
「じゃあ、きっちり責任取りますね」
「!」
 しまった、と思ったときには後の祭り。言いたいことを言っていたつもりなのに、結局最後は、退路のないところへと誘導されてしまっている。
 どのみち、この年下の恋人には口で勝てはしないのだ。その、誠実で偽りのない、圧倒的な愛情にも。
(女物の下着と…拘束具…。俺、どこまで許しちまうのかなぁ…)
 今夜また、バーナビーによって新たな扉を開かれようとしている。
 どれほど祈ってみたところで、聖バレンタインは助けてくれない。





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