knock&manner



「コーヒーはブレンド、ニューヨークチーズケーキをつけてな」
 こちらを振り向きもせずの要求に、ヒーロー界の貴公子、バーナビー・ブルックス・Jr.は呆れた。
 ノックをしてドアを開けただけで、まだ声すらかけていない。レジェンドの映像を見始めると、虎徹は実に無防備だ。桁違いの集中力には感心するが、背後に泥棒が忍んでも気付かない危うさがある。
 久方の逢瀬を楽しみに、わざわざブロンズステージまできたというのに、これでは相手にしてもらうことはできない。画面のカウンターを見れば残りは15分。注文の品を買い揃えて戻ればちょうどいい頃合いだ。
 白いタンクトップにくっきりと浮き上がる肩甲骨を一瞥してから、バーナビーは部屋を出た。
「この僕がおつかいねぇ」
 相棒であり年上の恋人は、普段なかなかバーナビーを甘やかしてくれない。照れ隠しなのかもしれないが、たまにはべったりと甘やかしてくれたらいいのにと思う。
「さて、ご褒美になにをねだろうかな」
 なにせ欲しいご褒美には事欠かない。
(むしろ、チョイスするほうが大変だ)
 気持ちが上向いてきたバーナビーは、愛車の鍵を指先でくるりと回しアパートを後にした。


 ノックをしてドアを開けると、テレビにかじりついていたはずの姿はなく、今度はソファに寝そべって力尽きていた。
「悪ぃな。腹減ってさぁ」
 目はつむったまま、起き上がるのも億劫だといわんばかりだ。
「どうして僕だってわかるんですか?」
「んー?」
「僕はさっきもいまも、声はかけなかったですよ。虎徹さんも振り向かなかった。今夜は約束してなかったから、突然訪ねて驚かせようと思ったんですけど」
 最初からわかってましたたよね?
 テイクアウトしてきたニューヨークチーズケーキを皿に乗せ、付属のブルーベリーソースをかけてから、バーナビーは虎徹に差し出した。
「3回」
「は?」
「ここに来る奴でちゃんとノック3回すんの、おまえだけだもん」
「他の人はノックしないんですか?」
「するぜ。2回な」
「それは失礼ですね」
「オレだって、この歳になるまで知らなかったよ」
 ノック2回はトイレノックといい、部屋を訪ねるとき等はノックを3回鳴らすのが本来のマナーである。虎徹はバーナビーとコンビを組んで、初めてそのことを知ったのだ。
「おまえは育ちがいいんだな」
「そうですか?」
 褒められて気をよくしたバーナビーは、虎徹の手を両手で包んで、フォークに乗ったケーキを自分の口に運んだ。
「…甘すぎる」
 途端、秀麗な眉目にくっきりシワを寄せたバーナビーに、虎徹は何事かと瞬きする。
「これじゃ、ブルーベリーの味しないじゃないですか。それにチーズケーキの味も消してしまってる。」
「こんなもんじゃねぇの?」
 チェーン店のカフェで出されるケーキなんて所詮は大量生産品だ。ソースにおいては外注品に違いない。
「味覚を疑います」
「脳みその栄養補給したいだけだもん。甘けりゃいいんだよ」
「虎徹さんは食べることに執着しなさすぎですよ」
 外食では様々な料理を楽しむが、家ではチャーハンと魚肉ソーセージがヘビーローテーションである。
 本気で気分を害しているバーナビーを尻目に、残りのソースを綺麗に皿から絡めとった最後の一口を、虎徹が口に放り込んだ。甘い甘い。確かにチーズケーキの味が完全に消されるソースの甘さだ。
 心底嫌そうなバーナビーの顔が面白くて、虎徹はにやりと意地悪く笑う。
「今日はもうキスできねぇな?」
 べーっと出された舌はほのかにブルーベリー色をしていた。その色を見たバーナビーの口内に、品のない甘さが蘇る。
「悪趣味ですよ、おじさん」
 皿を取り上げ、バーナビーはソファに乗り上がった。まっすぐな黒髪に指を差し入れ顔を寄せれば、虎徹がニヒっといたずらめいた眼差しを向けてくる。
「僕の愛を試すのは楽しいですか?」
 一回りも年上なのに、虎徹は時折、みずみずしい少年のような感性をみせる。
 愛しくてたまらない。唇を食べるように啄んで、バーナビーは甘いばかりの舌をゆっくりと味わった。
「ちょっと、苦し…っ」
 いつもより長く執拗なくちづけに、虎徹は顔を背けて逃れようとする。絡め取られた舌を吸われる感覚は、下半身のいやらしい衝動に直結するのだ。
 熱くなり始める体をなんとか落ち着かせようともがいていると、ふいに唇が軽くなる。見上げた顔は秀麗で、美しい翡翠色の瞳に色情を滲ませていた。
「虎徹さんも吸って…」
「!」
 エロいこと言うんじゃねぇ!と横っ面をひっぱたこうとしたが、すでに体は落ちている。野郎相手に腰砕けにされるのは非常に不本意なのだが、ことこの手のことでは、若い情熱に太刀打ちできるものではなかった。
「いつもの虎徹さんの味に戻りましたよ」
 バーナビーはご機嫌な笑みを浮かべている。勢いのままに裸に剥かれながら、虎徹は思った。
 ノックを3回するマナーが身についているのだから、プラス、返事を待ってドアを開ける礼儀正しさが欲しい。
 とどのつまり、虎徹の部屋のドアを勝手に開けるのはバーナビーだけなのだった。





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