ニューイヤーラブ後日談



 まだ薄暗い夜明けに目が覚めたとき、天井がぐるぐると回って見えた。この目眩は所謂二日酔いというやつで、どうやら相当に深酒をしたらしい。
 ベッドサイドのテーブルに腕を伸ばすのもつらく、虎徹は奥歯を噛みしめながら気持ちの悪い目眩に耐えた。やっとの思いで掴んだペットボトルの水を一気に煽って一心地つけば、なにやら肌に違和感があることに気づく。手で触れてみれば柔らかく心許ない薄さのそれは、グラビアやCM等で目にしたことのある、女性物の下着だった。
(俺…すんげぇ酔っぱらってんだなぁ。まだ夢んなかか?)
 ご丁寧にショーツまでお揃いで、しかも紐パンTバックだ。前部分は収まりきらず、所々はみ出している。破廉恥というより、もはや下品極まりない状態だ。
「…寝よ…」
 バーナビーも大人しく寝ていることだし、夜明けはまだ来ない。どうせならもっと楽しい夢が見たいのだと、虎徹はぐったりと目蓋を閉じた。
 なぜ隣にバーナビーがいるのか、そもそも自宅ではないということには、まったく気づきもしなかった。


 休日の朝は遅い。バーナビーは元々寝起きが良いほうではなく、予定のない休日は惰眠を貪ることが多かった。それには、幼い頃のトラウマが不眠を引き起こすことがあり、眠れるときに眠るという癖がついていることに起因している。
 しかし、今朝のバーナビーは違っていた。
 昨夜は強か酔ったうえに、実に刺激的な夜を過ごした。隣で眠る虎徹は愛らしい姿をして、肌のあちこちにその名残を散らしている。
 虎徹より先に起きて、その姿をじっくりと愛でること。寝しなに立てた目標は無事達成され、いつになく目覚めが良い。
 朝日の下、オーガンジー素材のベビードールが淡く輝いている。その下の肌ははっきりと透けていてなまめかしく、ショーツから僅かにはみ出す嚢や幹に視線がたどり着くと、バーナビーはもう堪えることが出来なくなった。
「虎徹さん…」
 目が覚めてこの姿を目の当たりにしたときの、その顔を想像するだけで胸が逸る。きっと記憶が飛んでいるだろうから、昨夜の録画を再生しながら説明するのも楽しいだろう。
 なにせ今日は休日だ。出動要請さえ入らなければ、一日中ベッドで過ごしたって構わない。なんという贅沢なのだろう。
「んぁ…ば、にー…?」
「おはようございます。といっても、もうブランチの時間ですけどね」
「うー…飲み過ぎた。まだ頭がぐらぐらする…」
「ゆっくり寝ていて構いませんよ。コーヒー淹れますか?」
「そのまえにシャワー浴びて、アルコール抜いてくるわ…」
「それは駄目です」
「……はい?」
 仰向けたまま手のひらで額から目許にかけてを覆っていた虎徹は、そこで初めてバーナビーの顔を見上げた。
 一目でご機嫌と判る笑顔は目映いばかりだ。なんとも充実したその表情は、二日酔いが残る虎徹には胡散臭いことこの上なく見える。
「駄目って、なんで?」
「まだ虎徹さんを見ていたいんです」
「はぁ? んなのシャワー浴びてからでもいいじゃん」
「それ、また着てくれます?」
 バーナビーの手がそっと胸元に重ねられた。訳がわからず目線を落とした虎徹は、その瞬間に瞠目して思考が止まる。
 明け方、妙な夢を見たような気がした。むしろ、夢であってほしい夢だった。いや、これはまだ夢の続きなのではないだろうか。そうだ、きっとそうに違いない。
「…俺、まだ夢見てんだな。うん。おやすみバニー」
 毛布を引き上げくるまって、虎徹は再びベッドに潜り込む。しかしバーナビーの手が虎徹を抱き上げ、毛布を引き剥がしてしまった。
「こんなに可愛い虎徹さんが、夢なわけないでしょ」
「いやいや! そこは夢だって言えよ!」
「あなた、これ自分で着てきたんですよ? 覚えてないんですか?」
「だあああぁ!? そんなん嘘だ! 有り得ない!」
「証拠、お見せしますよ」
「結構です!」
 毛布に動きを封じられて抵抗がままならない虎徹は、やたら自信ありげなバーナビーに薄々の事実を悟る。
 とんでもない醜態を晒してしまったらしい。しかもそれは、きっちりと記録されてもいるらしい。
「なにやってんだよ俺ぇ…」
 両手で顔を覆えば、手の甲にバーナビーが唇を押し当ててくる。
「すごく素敵でしたよ。落ち込むことなんてありません」
 稀有な美貌を持ちながら、なんだる残念な言動なのか。百歩譲って視力の悪さが原因だとしても、ちょっとこれはあんまりだ。
(一番どうしようもねぇのは昨夜の俺だ!)
 ちいさく縮まりながら、ぐすりと鼻を鳴らす。本気で泣きたい傷心に打ちのめされていた虎徹だが、案外デリカシーのないバーナビーがそのことに気づくことはないのだった。





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