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「……はい!それでは学園祭、Sクラスの出し物は執事メイド喫茶に決定しました!」
パチパチパチと拍手が鳴り止まない、いつものSクラスの教室。周りにならって私も小さく手を叩いた。私の座席からは、今日も明るく楽しそうに笑う翔ちゃんの姿が見える。
毎年、早乙女学園で行われる恒例の学園祭──それが来月に迫っている今、度々こうしてクラスでミーティングが行われているのだ。
学園祭自体はワクワクするしとても楽しみだ。だけど今の私には、それよりも気がかりなことがあって。
翔ちゃんとデートをしたあの日からまた数日が経過して、私達の夏休みは終わりを告げた。私にとって色々な意味で、忘れられない夏になった。
私はただじっと遠くから、楽しそうに隣の席の子と談笑する翔ちゃんを見つめる。思い出されるのは、あの日──翔ちゃんが倒れた日。私を抱き締めてくれた翔ちゃんの温もり、そして告げられた言葉だった。
──
「香織、ひとつ頼めるか?」
「ぐすっ…うん」
「俺の病気のこと……直希やトキヤたち、皆には…黙ってて欲しいんだ」
翔ちゃんは真剣に、かつ懇願するような表情で私にそう話した。
どうして?みんなにも話した方がいいよ。だって何か、万が一のことがあったら──言いたいことはたくさんあったのだ。けど先程までの辛くて苦しそうな翔ちゃんの顔を思い出すと何も言えなくなってしまって。ただ黙って頷く事しか出来なかったんだ。
「………」
「香織ー」
「………」
「おーい香織、聞いてる?」
「ひぇっ!!な、なに!?」
頬杖をついてボーッと窓の外を眺めていると、突如耳に入った声。飛び上がりそうなほど驚いていると、きょとんとしたみんなと目が合った。
気が付けばいつの間にかホームルームは終わっていて、みんながずっと話しかけてくれてたのに……全く聞いていなかったようだ。いけない、ボーッとし過ぎていた。「どうした?具合悪い?」と聞いてくれたなおくんに心配をかけたくなくて、咄嗟に首を横に振る。
「……えっと」
なおくんに、相談したいな。
なおくんなら何かあった時に頼りになる。それにオーディションのペアも組んでいるし翔ちゃんと一緒にいる時間も長いし……そう思うのに視界に入るのは元気そうな翔ちゃんの顔。
ううん、ダメだ。翔ちゃんに口止めされているのに、私からなおくんに打ち明けるわけにはいかない。一人で抱え込みたくないからなんて、そんなの私のわがままだ。
「ううん!学園祭楽しみだなって」
誤魔化すように大きな声でそう言うと、翔ちゃんが「そうだな!」と私と同じくらい元気よく答えてくれる。いつもと変わらない明るい翔ちゃんの姿に、何故か私が元気づけられて…自然と笑みが零れた。
気持ちを切り替えて、朝のホームルームで配られたプリントを机の中から取り出した。学園祭の詳細が書かれたそれに目を通して、広げてみんなの方へ掲げる。
「これさ、ライブステージ!自由にグループ組んで出場して良いんだって!せっかくだから何かやらない?」
早乙女学園の学園祭ではクラス毎の出し物の他に、有志でステージに上がることが出来るのだ。それがこのライブステージ。グループを組んでも良いし、ソロで出てもOK。噂によると芸能関係者も多数見に来るらしく、スカウトなどのワンチャンスを狙ってみんなこぞって参加をするらしい。さすが芸能専門の学校らしい催しだ。
もちろん、私も何かしらでステージに立てたらと思っていた。優子たちと以前組んだバンドも手応えがあったし、せっかくの機会だからクラスのみんなで何かやるのも楽しいのではと思ったのだ。
「あー、それなんだけどさ」
真っ先に賛成してくれると思った翔ちゃんが、何故だか眉をひそめた。嫌だ、という拒絶ではなくどちらかと言うと申し訳なく思っていそうな顔。そして何故だかレンくんと顔を見合せて、一息ついてから私の方に向き直った。
「俺ら、もうユニット組んで出演することになってんだ。少し前に学園長に呼び出されててさ、メンバーももう決められてた」
「ごめんね、話していなくて」
……え?
学園長直々の、ユニット?
言葉の意味がすぐには理解出来なくて、咄嗟になおくんと優子の顔を見た。二人とも首を横に振る。知らなかったのは私だけではないみたいで、そこだけはちょっと安心した。
「メンバーってどんな感じ?」
「俺ら3人と、Aクラスの音也と聖川と那月、あとセシルの7人。曲はAクラスの七海が作るらしいぜ」
なおくんが翔ちゃんにそう聞いてくれたけど、その答えも何となくしか頭に入ってこない。
みんな知っているメンツだし、歌もダンスも高レベルな顔ぶれなことはよく分かる。7人のグループがどんなステージを見せてくれるのか、楽しみでもある。
でも、学園長直々って、そんな特別な扱い──
「………」
「別にデビューが確約された訳じゃない。香織が意図的に外された訳でもないよ。いつものボスの気まぐれじゃないかな」
私の気持ちを悟ったのか、すぐさまレンくんがフォローを入れてくれた。「そっか…」とポツリと呟いても、何だかモヤモヤが晴れることはない。
なんだろう、正直……すごく悔しいかもしれない。
「なーんか」
「気に入らないわね」
「うん、気に入らない」
「ちょっと、二人ともストレート過ぎだよ!」
マイナスな感情を隠すことなくそう打ち明けるなおくんと優子を窘めつつも、その気持ちに共感してしまう自分もいて、それがすごく嫌にもなった。
……ダメダメ!ネガティブになったら。せっかくの、一度きりの文化祭だもん。目一杯楽しまなくちゃ!
「……みんな頑張ってね!楽しみにしてる」
「おう!模擬店も売上1位目指して頑張ろうぜ!」
デビューを目指すライバル同士であっても、たまのイベントくらいそういうのを忘れて思い切り楽しみたい。絶対忘れられない良い思い出にするんだとこっそり意気込んだ。
───
「せっかくだから俺達3人で何かやる?」
「え?」
次の移動教室の授業へ向かう最中、私の背中に向かってなおくんがそう投げかけた。翔ちゃんとレンくん、一ノ瀬くんは一足先にすでに向かっていて、この場には私となおくんと優子の3人しかいない。ぴたりと足を止めて振り向くと、なおくんと優子が顔を見合わせて頷いた。
「蜂谷がドラム、俺がギター弾くから香織はボーカルで」
「良いわね、3人組のバンドって流行ってるし」
正直、なおくんや優子がそこまでステージに拘るタイプとは思えなかった。どちらかと言うと、そういう事は面倒臭がる二人だ。それに二人は作曲家コース…表舞台に上がるのも本当は好きではないはず。
…翔ちゃん達に触発されたのだろうか、ただの気まぐれなのか。
「…えっと」
上手く返事が出来ないでいると、なおくんと優子が私に1歩近付く。大きな手がポンと頭に優しく触れた。
「香織も立ちたいんだろ?学園祭のステージ」
図星を突かれて、ビクッと肩が震えた。
そう、私だってアイドル志望なのだ。せっかく与えられた機会ならチャレンジしたい。だけど翔ちゃん達はもうすでに先にグループを組んでいて……どうしても、置いて行かれてしまった感覚が拭えなくって。
それが、とにかく悔しかったんだ。私だって、私だってみんなに負けたくない。デビューしてアイドルになりたい気持ちは誰にだって負けない。強く唇を噛んで、顔を下に向けたまま小さく頷いた。
「いくらでも付き合うわよ、香織のためなら」
「(そうか、二人は私のために…)」
私の気持ちを察してくれて、協力してくれる二人の優しさが今はいつも以上に染みてしまって…不覚にも泣きそうになるのを必死に堪えた。
「香織がボーカルやるならあいつらに負ける気もしないしな」
「アンタって負けん気強いわよね。見かけによらず」
「お前いつもそれ言うけど、見かけによらずって何だ」
「…ふふっ」
いつものやり取りに、つい吹き出すように笑う。口元を抑えながら顔を上げると、なおくんと優子も安心したように笑ってくれていた。
「曲は二人で協力して作ってよねー!」
「えー…譲らないからなぁこの女」
「この男もこだわり強いから無理かも」
「もー!仲良くしてってば。ほら、早く教室行こ!」
廊下に太陽の光が差した。まるでこれから向かう学園祭のステージに差すスポットライトのよう。沈んでいた気持ちを晴れやかにしてくれたなおくんと優子に感謝しつつ、廊下の床を蹴って、駆け足で教室に向かった。
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