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「初めまして!来栖薫です」


目の前に座る、翔ちゃんとそっくりな男の子は意気揚々とそう名乗った。綺麗でまっすぐな、水色の瞳は翔ちゃんと全く同じだ。



「薫は俺の双子の弟なんだ。薫もこっちの学校に通ってっから時々こうして会ってる。薫、早乙女学園でクラスメイトの水谷直希と香織」


そう、私となおくんが出会ったのは…噂に聞いていた翔ちゃんの双子の弟くんだったのだ。


せっかくだからと、四人でカフェに入ってお茶をする事になり…今に至る。注文を聞きに来た店員さんが物珍しそうに私たちを何度も見ていたのが可笑しくて…そうだよね、双子同士の会合なんてそれはそれは珍しいよなぁって思った。


「本当にそっくりなんだな。一卵性?」
「そうだよ。二人は二卵生かな?」
「うん、私となおくんは二卵生だよ」


翔ちゃんに双子の弟がいることは聞いていた。だけど実際こうして会うのは初めてになる。本当に瓜二つ…服装と髪型こそ違うけど、顔立ちは翔ちゃんそのものだ。あまりに似てるから何度も言っちゃうけど…。



「それにしても、まさか翔ちゃんの友達に会えるなんて…嬉しいなぁ」
「私も嬉しいよ!ずっと会いたいと思っていたし…えっと、薫くんって呼んでも平気?」
「もちろん」



それから色々な話を聞いた。小さな頃の翔ちゃんの話や双子ならではのエピソード、二人の実家やご家族の話。同じ双子という境遇もあって、薫くんとの話はすごく弾んだ。中でも興味深かったのは、本当は薫くんも早乙女学園を受験する予定だったということ。


「試験当日…熱が出て、行けなくなっちゃって…受験出来なかったんだ」
「へぇ、そうだったのか…」
「でも、それが運命だったって…ようやくそう思えるようになったんだ。今は早乙女学園と同じ系列の医療系の学校に通ってるよ」
「医療系…ってことは、将来はお医者さんになるの?」
「うん、そのつもり」


薫くんがアイスコーヒーのグラスを持つと、カランと氷の音が鳴った。さっきの英語での会話と言い、頭の良さが垣間見える理由がよく分かった。
すごいなぁ、未来のお医者さんだなんて。



「医者を目指すなんて、何かきっかけがあったのか?」

なおくんの問いに薫くんの動きが一瞬止まった。特に変な質問じゃなかったと思う、それなのに固まった空気に、私となおくんは目を合わせる。なんだろう。



「もしかして、翔ちゃんから何も聞いてないの?」


先程の和やかな雰囲気からは一変、真剣な顔をした薫くんが、私たち二人にそう尋ねた。


その迫力というか、圧力とも言えるものに…私は一瞬たじろぐ。一方のなおくんは落ち着いていて、翔ちゃんと薫くんに「どういうこと?」と冷静に聞き返していた。



「あー…それはまた今度話すわ」
「……」
「まぁ、それなら良いけど…」
「そうそう!そういえばさ、俺らの地元に有名なラーメン屋あんだよ!直希なら知ってるかもしれねぇって思って」
「え?どこ?」


ラーメンの話に飛びつくなおくんの横で、私はもやもやが拭い切れなかった。だって今、翔ちゃん…明らかに話をすり替えたよね?

それに…今、目の前に座っているのは私のよく知っている翔ちゃんのはずなのに、なんだか少し違う人みたいで。


違和感がある。うまく、言えないし確証もないけど…。



「(気のせいなのかな)」


そりゃ誰にでも言いたくないことはある。翔ちゃんもきっと例外じゃなくて、私やペアのなおくんにだって話したくない事情があるのかもしれない。


だけど私は翔ちゃんが好きで、この間やっと気付いて。だからなのかな、翔ちゃんのことは何でも知りたいって思ってしまう。隠し事なんてしないで、何でも話して欲しいって思うし、出来るなら力になりたいって…どんどん欲張りになる。




「香織さん?」
「えっ?」
「大丈夫?眉間にシワ寄ってたよ」


自分の眉毛の間を指でさして、薫くんが笑った。慌てて意識を現実に戻した私は、「ごめんね」と言って笑って誤魔化す。


薫くんは翔ちゃんとそっくりだけど、普段から元気いっぱいな翔ちゃんより、ちょっぴり落ち着いていて穏やかな男の子って印象を受けた。所作とか、表情とか…とても似てるんだけど少し違う。


今も…適当に誤魔化したつもりだったけど、私を見つめる薫くんの目は真剣なそれで。別の意味でドキッとしてしまった。


まるで、考えていることを…見透かされているようで。





「先に会計してくる。香織と薫は座ってて」
「えっ!良いよ、元々私がご馳走する予定だったし、翔ちゃんにも悪いよ」
「良いんだよ!ほら俺達…」
「「兄貴だから」」
「もう…そういう時はお兄ちゃんぶるんだから…」


ふぅっと私が溜息を吐いている内に伝票を持った二人は、「先に店出てろよ」と言い颯爽とレジへ向かった。その背中に「ありがとう」と伝えるのを忘れずに、それから私は薫くんの方に向き直った。


「ご馳走になっちゃった。私たちも出ようか」
「あぁ、うん…」
「薫くん?」


何かを言いたそうな薫くんの様子が気になり、私は首を傾げた。すると薫くんは、意を決したように勢い良く顔を上げる。



「…香織さん!あの…!」
「え?」
「お願い!少し待ってて!」


すると薫くんはテーブルに置いてあった紙ナプキンを一枚手に取る。いつも持ち歩いているのかポケットの中からボールペンを出し、ナプキンに何かを書き出した。


「これ!僕の連絡先だから」
「あ、ありがとう…」
「…翔ちゃんに何かあったらすぐに連絡して。お願いします」
「薫くん…」
「香織さんにしか、頼めないんだ」



何か…?

翔ちゃんに何かって、なんだろう…?



「わ、分かった」

その言葉の意味がちゃんと知りたいのに、私は薫くんの勢いに圧倒されるがまま…携帯番号の数字が羅列された紙を受け取った。


「おーい、お前らまだ店出てなかったのか?」
「あ、ごめんね。ちょっと話し込んでて…」


にこりと穏やかな笑顔を浮かべた薫くんと、いつも通りの翔ちゃん。


何故だが、何故だが、分からないけど…「何かあったら」という薫くんの言葉が

プラスの意味には捉えられなくて。



「香織ー?早く行こうぜ」
「う、うん…」


胸に覚えた微かな違和感を拭いきれないまま、翔ちゃんとなおくんに気付かれないように、その紙をそっと鞄のポケット仕舞った。



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