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「はー…どうすっかな」


合宿一日目の夜。昼を食べ終わってからの自由時間はあっという間に過ぎてしまった。俺のペアは、まだ決まらないまま。

初日からやたら張り切っていた香織は、嬉しそうに「優子と組むことにした!」と報告してくれた。トキヤとレンは──どうなったのかまだ知らない。…て、人の事ばかり気にしてる場合じゃねぇか。



「来栖君」
「ん?」


自販機で買ったジュースを飲み切って、ゴミ箱に缶を捨てる。ガコンという音と同時に背後から聞こえた声に反応して振り返ると、緊張した面持ちでその場に立ちすくむ女子の姿があった。


「おー田中。どうした?」

最初のレコーディングテストでペアを組んだ、クラスメイトの田中。シャワーを済ませ私服に着替えた俺とは違い、制服のままもじもじとしている。


「その、オーディションのペアなんだけど」
「あぁ、それなら──」
「水谷君は!競争率が高いと思うの!」

まだ決まってない、と伝えようとしたら突然大声を上げた田中に呆気に取られる。普段大人しいイメージが強い奴だったから尚更だ。
突然田中の口から出たのが直希の名前だった事にも動揺して…

「別に、俺は…」

そう言いかけて口を噤んだ。どう返答すれば良いか分からなかった俺は、田中から視線を逸らした。



「作曲家コースの生徒から声を掛けるのがタブーだって分かってる…!けど、私は…っ、来栖君と──!」
「翔ー!何やってんだー?」


頭上から聞こえた声に、田中と同時に顔を上げた。

吹き抜けになっているホテルのロビー。俺達が居るひとつ上の階の手すりから、直希が顔を覗かせていた。「よっ」と片手を挙げた直希に返事をして、俺も同じように手を挙げた。反して田中は、直希の姿を確認してから、気まずそうに俯いた。


「ご、ごめんね遅い時間に!それじゃ私は部屋に戻るから!」
「お、オイ!田中!?」

そそくさとその場を去る田中の後ろ姿に手を伸ばしつつも、内心ホッとしている俺がいた。
田中には申し訳ねぇけど…さ。あの場をどう収めたら良いか分からなかったし、直希が話しかけてくれて助かったと思ってしまった。




「お疲れ」
「…直希」
「ちょっと困ってたろ。珍しく、顔に出てた」
「…田中、嫌な思いしたかな」
「まぁ、仕方ないんじゃない。本人も分かってるだろうし、翔を困らせてること」


いつの間にか階段を降りて、俺の目の前に移動してきた直希。顎に手を当てて「んー」と言いながら自販機の前に立った。


「今は…カフェオレの気分かな」
「遠回しに奢れってことかよ…まぁサンキュ、助かったよ」

ポケットから小銭を出して自販機に入れ、カフェオレのボタンを押す。音を立てて取り出し口に落ちたカフェオレを拾い上げ、直希に手渡した。


「やった、ありがとう」
「こんな時間にそんなの飲むと眠れなくなるぞ」
「良いの良いの、まだ少し作業したいし」

缶のプルダブを開けながら直希が近くのソファに座る。俺も同じように腰を下ろした。腕時計を見れば時刻はそろそろ10時…明日に備えて早めに休んだ方が良いだろうに、直希はまだ寝る気はないようだ。


「課題かなんかあんのか?」
「んー?いや…ペアの相手、今晩中には決めたいんだ」


ペアの話題に、柄にもなく緊張してビクッと肩が揺れた。期日は明日まで──直希は大勢に声を掛けられてたし、その中から決めるとなれば時間もかかるんだろう。「一応全員の歌は聞かなくちゃな」と、直希はそう話した。


「翔は先に部屋戻って休んでて。四ノ宮とセシルを部屋で二人にしておくの不安だし」
「そ、それはそうだな…分かった、あんま遅くなるなよ」
「分かってるって」


田中にさっき言われた言葉が、頭をよぎる。
焦りと不安…色んな感情が駆け巡る。だけど同時に、後悔はしたくねぇと思った。それなら当たって砕けてやろうと思った。

何、遠慮なんてしてるんだ俺は。だって卒業オーディションに100パーセントの力で臨むには、やっぱり──。



「あ、あのさ直希!!」
「ん?」

空き缶を持ってその場を去ろうとした直希を呼び止めた。振り返った奴を見ながら、俺は意を決して両手で拳を握る。



「ペア!お前の相手!俺も立候補させてくれ!」
「翔……」
「色んな奴らから声掛けられてるのは分かってる!俺じゃ…役不足なのも分かってんだ!けど──」


自分が選ばれるかも、なんて思ってない。むしろ俺なんて、選ばないだろうと思う。自信なんて無い。


「追加オーディションでお前の曲を歌った時から…俺はお前の曲をもっと歌いたいって思ったんだ!」


だけど今気持ちをぶつけなきゃ──俺はアイドルになるんだ。その為なら、怖気付いてなんていられねぇだろ!?


「だから頼む!」


そう言って、俺は勢い良く頭を下げた。

しばらく間が空いて、直希が吹き出すように小さく笑った。



「…すげぇ熱意。愛の告白みたいだな」
「おまっ…茶化すな!」
「ありがとう、嬉しいよ」


顔を上げると予想外に、直希は本当に嬉しそうに笑っていた。その表情に呆気に取られてると直希は小さく伸びをしてから俺の顔をもう一度見た。


「明日返事するよ。少し時間くれる?」
「も、もちろんだぜ!サンキュ!あんまり無理すんなよ!」


片手をヒラヒラさせて自習室へ向かった直希を見送り、俺も踵を返して自分の部屋へと向かう。直希も頑張ってんだ、俺もしっかりしなきゃな。ペアはまだどうなるか分からない、けど俺は立ち止まってる暇なんて無い、そうもう一度決意して全力疾走で廊下を駆けた。





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