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「よし!じゃあ次のペアだな。一十木、七海ペア入れ」
「はーい!」
「(…何やってるんだ、香織)」
テストが始まり、香織の順番が近づいているにも関わらず、香織と梅澤の二人が現れる気配は全くない。
最悪、自分達の順番に間に合えばいいと思ってたけど…正直、それすらも危うい時間帯になってきている。
「俺、少し探してくる」
焦って壁の時計を見ていると、横にいた翔がそっと俺に呟いた。
「…それなら俺も、」
「直希、順番これからだろ。大丈夫、俺はもう出番終わってるからさ!」
トップバッターを堂々と務め、すでに出番を終えた翔。対して一ノ瀬と俺の順番は全ペアの最後だった。ちなみに香織は一つ手前だ。
「もしかしたら何かトラブルがあったのかもしんねーし…ちょっと行ってくるわ」
「…ごめん、ありがとう」
「おう!任せとけ!」
いつも被っている帽子を置いて、翔が走って外へ向かうのを見送る。
側に立つ一ノ瀬もかなり心配しているようで、仕草が忙しなかった。
…時間、間に合えばいいけど。
ふぅ、と一息溜息を吐いて俯いたけど、流れてくる音楽が耳に入り、すぐに顔を上げた。
「へぇ、イッキ良い感じじゃないか」
目の前のレコーディングルームで歌ってるのは一十木だ。確かに明るくてアイドルらしい歌い方…歌も上手い。けどそれよりも気になるのが、
「…蜂谷」
「私もアンタと同じこと思ってた。…あの作曲家コースの女の子、何者?」
ギターの音が響く明るいロック調の楽曲。一十木のイメージに良く合っている。…何より完成度が高い。側で心配そうに一十木を見つめているのは、同い年くらいの女子だった。
「…気になるんですか」
「うん、まぁ…負けるとは思ってないけど」
「そうですか、あなたらしい」
香織の出番までは…時間にすると20分くらいか…
祈るように時計を見つめるが、当然針が戻ることはない。
「(頼んだぞ、翔)」
────
「やめてっ…!なんで、こんなことするの!?」
私の腕を掴む梅澤くんの力は強くて、振りほどけない。必死に抵抗する私を見て、梅澤くんはニヤリと笑って、さらに腕を掴む手に力を入れた。
「俺がこの学園に入った理由、教えてあげようか?アイドル志望の可愛い女の子と出会えるからだよ」
「そんなっ…!」
「そしたら最初のテストでまさか水谷さんとペアになれるなんて。本当、ツイてると思ったね」
私が前、学園に入った理由を聞いた時…梅澤くんは言葉を濁していた。その理由が今分かった。
「作曲家に、なりたかったんじゃないの…?」
「はっ、そんなの興味ないよ。気まぐれで受験したけど、まさか合格するなんてね…って、まぁ今はそんな話はいいか」
梅澤君は私の腕を一つに纏めて、片手で抑えつける。そして私の着ていたカーディガンのボタンを、上から一つずつ外していく。
驚いて身体を捩るけど、あっという間に全て外されてしまって、リボンまで引きちぎるように乱暴に取られてしまった。
「やっ…」
「いつもは兄貴とか邪魔者がたくさんいたけど…」
「やめてっ!誰か…!」
「残念だけど誰も来ないよ。今はレコーディングテストの真っ最中…忘れてた?」
さらにポケットからカッターを取り出して、刃を出して私に向けてきた。
冷たい刃が私の頬に添えられる。
少しでも動いたら切られそう…本能で動いたら危険だと感じる。
逃げなくちゃ、だめなのに。
「大丈夫、痛くはしないよ。抵抗しないならね」
やだ…!怖い怖い!恐怖で身体が震える。力が、入らない。
梅澤くんはそのままカッターの刃を私のシャツに当ててきた。
シャツのボタンの間に刃が埋められる。
やだ…!誰かっ…
なおくん…
翔ちゃん…!
「香織!!そこにいるのか!?返事しろ!」
翔…ちゃん?
ドンドンとドアを叩く音と、一緒に聞こえたのは翔ちゃんの声。
「翔ちゃん!助けてっ…」
「っ!開けるぞ!」
重い音を立てて開いた扉。外から差し込む光の眩しさと、涙で潤んだせいで目が眩む。
そこには帽子もせずに汗だくになっている翔ちゃんがいた。
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