努力は報われる
※春歌→トキヤ→主人公
「ST☆RISHのライブ見たよ!凄いね!」
「デビューおめでとう、トキヤ」
卒業オーディションを間近に控えた頃、グループとしてデビューすることが決まった。
それを伝えた時、ペアを組んでいた彼女は落ち込む所か、明るく笑って背中を押してくれた。
悪気はなかったにしろ、結果的に彼女を裏切る事になってしまった。それなのになまえは、一度も私を責めたりはしなかった。
そう、あの日までは。
「トキヤ」
「はい」
「最近、なまえ大丈夫か?」
マスターコースの寮のラウンジで翔が呟いた。近くに立っていたレンもちらりと視線をこちらに向ける。
「…卒業オーディション無しで特例でマスターコースに進んだはいいけど、仕事が殆どないって聞いたぞ」
「そう、ですね」
「彼女、頑張り屋だから。思い詰めてなければ良いけど」
学生時代から同じクラスで、共に励まし合い切磋琢磨してきた仲。翔とレンが彼女の事を気にかけるのは当然だった。
私も、デビューしてからもずっとなまえの事が気になって仕方がなかった。
夜中まで自室や、レコーディングルームの電気がついていることも、事務所の誰よりも多く曲を作っていることも知っていた。
そして、思うように仕事を与えられず、悩み苦しんでいることも。
それなのに、
「七海さんに謝りなさい、なまえ」
なぜ彼女の心の傷に追い討ちをかけるような言葉を放ってしまったのだろうか。
「私の曲でデビューするって約束したじゃん…」
その言葉に、胸がズキンと痛む。
「トキヤのバカ!もう知らない!」
はっきりと言われた、拒絶の言葉。
彼女からこんな言葉を聞くのは、初めてだった。
ショックで動けず、その場に立ちすくんでいると、後ろからそっと七海さんに手を握られた。
「一ノ瀬さん、あの」
「…はい」
「私、みょうじさんより、もっともっと良い曲作りますから…!」
私の手をぎゅっと握る七海さんの手が震えている。
「だから…隣にいるの、私じゃだめですか…っ!」
「七海さん」
「私…、一ノ瀬さんのためにずっと曲を…」
ゆっくりと振り返ると、涙で濡れた七海さんの瞳と目が合った。それなのに浮かぶのはいつだってなまえの泣きそうな顔ばかりだった。
「…あなたは私にとって大切な存在です。ですがそれは、あくまで作曲家としてであって」
「…それでもっ」
「すみません。ですが一人の女性として大切にしたいのは、彼女だけなんです」
ゆっくりと手を振りほどいた。七海さんはそれ以上引き留めることはしなかった。
「それに、」
『じゃーん!トキヤ、出来たよ!卒業オーディションの曲!』
『そうですか』
『もうね、最高傑作!これで絶対優勝してデビューしようね!』
『ST☆RISHデビューおめでとう』
『でもいつか、私の歌も歌ってよね』
泣きそうな顔でそう言って微笑んだなまえ。
あの顔を、一度たりとも忘れたことはなかった。
「約束、しましたから」
顔を覆って涙する七海さんを振り返らないようにして、走ってなまえの自室へ向かった。
───
「オリジナルアルバムだって!ワクワクするよね」
「はしゃぎすぎだぞ、一十木」
「ふふ、でも新曲がどんな曲か楽しみですねぇ」
あれから数ヶ月が経った。
事務室に呼ばれた私達は、その場でST☆RISHのオリジナルアルバムが発売されることを聞いた。
「今回についてはもう全て曲が先に出来上がってる。これがその一覧だ」
日向先生からリストが配られる。
ST☆RISHの曲の他に、ユニット曲と、それぞれのソロ曲が収録されるらしい。
大体は…やはり七海さんが作曲か。順にリストを目で追っていくと、ある名前を見つけて思わず目を見開いた。
「トキヤ!」
自分より先に、横に座っていた翔が大きな声を上げた。顔を上げれば、正面に座るレンも泣きそうな顔で微笑んでいる。
自分とレン、翔のユニット曲の横と、
一ノ瀬トキヤソロ曲の横
そこの作曲の欄にみょうじなまえの名前があった。
「…ソロ曲の方はな、一ノ瀬の卒業オーディション用に作った曲をアレンジしたんだと。たまたまピアノで弾いてるのを聞いた。あまりに良い曲だったからな、社長に頼んで収録してもらうことにした」
紙を持つ手が震えた。
まさか、本当に約束が叶うだなんて、未だに信じられなかった。
「ユニット曲の方は社長直々の指名だ。みょうじの努力を知っているのはお前らだけじゃないんだぞ」
「日向先生…!」
翔が感激して声を震わせたのと同時に立ち上がり、走って事務室を出た。後ろから声が聞こえるが、気にならなかった。
とにかく今は、なまえに会いたかった。
少し走ったところの廊下で、ついに彼女の姿を見つける。
泣きそうな顔で微笑んでいるなまえが、立ってこちらを向いていた。
「…トキヤ」
「なまえ」
「出来たよ!最高傑作!」
満面の笑顔で、両手でCDを掲げるなまえ。
笑顔なのに、泣いている。
「やっとトキヤに歌ってもらえるよ」
「なまえ、」
「それにね、これだけじゃなくてレンと翔ちゃんとの曲も─」
なまえの言葉を遮って、正面から力強く抱きしめた。
カランと、音を立ててCDが落ちるが、カーペットだから割れてないだろうと、変に冷静な事を考えてしまった。
「ときや、」
「好きです」
「…えぇっ!今言う!?」
「今じゃなきゃダメです。なまえ、好きです。ずっと前から好きでした」
「う、あの…」
遠慮がちに、自分の背中になまえの腕が回された。すぐに自分の腕の中からわんわんと泣く声が聞こえる。それをなだめるように、ひたすら強く抱きしめた。
「ときやぁ…!待たせて、ごめんねっ…」
「良いんですよ。なまえへの気持ちを歌詞にしますから。楽しみにしてて下さいね」
「うん…!あり、がと」
それはきっと、たくさんの想いが詰まった美しいラブソングになる事だろう。
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