才能に嫉妬した
「今のはあなたが悪いですよ」
悔しい悔しい悔しい。
「七海さんに謝りなさい、なまえ」
「いいんです、一ノ瀬さん!」
どうしてどうして?
何故このような状況になってしまったのか。
私が悪いのに、それを認めたくない。
──話は数分前に遡る。
「良いよね、七海さんは。華やかな仕事ばっかり与えてもらって」
「え、…あの、」
「私はまだ円盤にしてもらったことすら、ないのに」
日向先生と月宮先生から、私と七海さんが事務室に呼ばれたある日のこと。
多分仕事の話だろう、と思っていたし、その時は何も不満なことなんてなかった。
告げられた仕事内容は、七海さんは来月にリリースされる、トキヤのソロシングルの作曲。
かたや私の仕事…はというと、同じ事務所のアイドル(失礼だけれどあまり売れていない)の、webラジオのBGM。
正直、早乙女学園を卒業してマスターコースに進んだ時から、このようなことはあった。
何度も、何度も。
だから今更驚きはしない。でも本音は悔しくて仕方なかった。
事務室を出て、部屋へ戻る途中で、七海さんが私に気をつかったように「凄いですね、みょうじさん!ラジオなら色々な方に聞いていただけますね!」なんて言ってきた。
そんなこと、思ってないくせに。
その発言にかちんと来てしまった私が、七海さんにぶつけてしまったのが、先程の発言だった。
早乙女学園時代はSクラスだった私の方が、成績は優秀だった。
トキヤとパートナーを組んで、卒業オーディションに挑もうとしていた頃に、トキヤがST☆RISHとしてデビューすることが決まって。同時にそのデビューシングルを七海さんが手掛けることになった頃から、立場が逆転してしまった。
トキヤを私の曲でデビューさせるのが、私の夢だったのに。
それを七海さんに奪われてしまったのだ。
「あの、すみません…私、そんなつもりじゃ、」
「そういう態度が腹立つの!!」
悔しい。
トキヤのソロシングルだって、本当は私が書きたかった。なのにどうして。
七海さんはずるい。
私よりずっと才能があるからって、私の欲しかったもの全部手に入れて。
「…何大声出してるんですか」
「トキヤ、」
揉めている声が聞こえたのか、どこからともなくトキヤが私たちの前に現れた。
その顔は明らかに怒りを含んだ表情。
謝りなさい、という声もいつもより遥かに冷たかった。
「な、んでよ…私の曲でデビューするって約束したじゃん…」
「なまえ、」
「トキヤのバカ!もう知らない!」
───
あれから走って自室まで戻った私は、ベッドの上に座ってひたすら泣いた。
誰も見ていないのに、誰にも見られないよう顔を膝に埋めてたくさん泣いた。
自分が勝手だって分かってる。
七海さんが作る曲がすごいのも分かってる。
でもトキヤは、トキヤの曲だけは誰にも…私以外の誰にも作って欲しくなかった。
コンコンとドアをノックする音が響く。
「なまえ、少しいいですか」
トキヤの声。
今は会いたくなかったから返事をしないでいると、入りますよ、という声の後に、ドアの開く音がした。
顔を上げずに黙っていると、トキヤが私に近付いて、ベッドの横に腰掛けた気配がした。
「…ごめんなさい」
顔を膝に向けたまま、必死に声を発する。
トキヤは、いえ、と小さく反応してくれた。
「生まれ持った才能には、なかなか敵わないものです。たとえどんなに、努力したとしても」
「それ、天才肌のトキヤには言われたくない」
「私は天才なんかじゃない、あなたが一番よく分かってるでしょう」
知ってる。
トキヤは努力の人だって。死ぬ程努力して今の実力を手に入れたこと、私はよく知っている。
「私はなまえがこれまでたくさん努力してきたことも知っています」
「うん…」
「なまえが私の曲を書きたいと願ってくれていることも知っていますし、私もそれを望んでいます」
「と、きや」
その言葉にまた涙が流れてくる。
それでも顔を上げずにいる私の頭を、トキヤがぽんぽんと優しく撫でた。
「なまえ、私はずっと待っていますよ」
「ふ、…っ、う、ふぇ、」
「パートナーを組んだ時に、約束したでしょう。だから、」
七海さんに負けないくらい、良い曲を作ってくださいね。
トキヤはそう言って髪を撫でてくれる。
いつも私の欲しい言葉をくれるトキヤの期待に応えなきゃ、と思った。
そして私は今日もまた、ピアノと楽譜と睨めっこをしながら、トキヤのことを思って作曲に励むのだった。
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