Endless time



昔から何年も経っていたとしても素顔はあまり変わらない、なんて思っていたのに。
ステージの上で輝くあなたは私の知らない大人の顔をしていて、ドキドキが止まらなくなったの。





「(いやはや、すごかった)」


関係者出入口から会場を出ると、外は彼らに骨抜きにされた女の子達で溢れ返っていた。きゃっきゃっとはしゃぎながら最寄り駅へ向かう彼女達の波に逆らって、私は会場の裏側にあるホテルへと向かう。今日はもうホテルに戻って休むだけ。帰国までまだ日数があるから、明日はゆっくり観光でもしようかしら。



「あ、そういえば夜ご飯どうしよう」


ライブの時は夢中になっていたから気付かなかったけれど、お腹が良い具合に空いている。とても空いている。何か食べたい、今すぐに。


でも日本から離れて数年経つから、お店もそこまで詳しくないんだよなぁ。せっかくはるばる日本まで来たのだから美味しい物が食べたいけど、アテが無いのなら仕方ない。コンビニで何か買って帰ろうかと考えていると、私が歩く道路沿いの少し先に、見覚えのある黒い車が駐車した。



「やぁ」
「レン!」


運転席の窓が開いて、窓枠に肘を掛けたレンが片手を上げた。つい、先程まで会場にいたはずなのに…何故か彼はここにいる。まるで瞬間移動でもしたかのよう。


「どうしたの?」と私が尋ねると、その理由を答えるより先に車から降りたレンが、私に乗るようにと車のドアを開けた。


「ん?ん?」
「せっかくの夜だし、素敵なディナーでもどう?」


ドアに腕をかけたレンが大人びた表情で私を誘う。ぱちくりと何度か瞬きをした後、私は頷いて車の助手席に乗り込んだ。お誘いに乗らない選択肢は無かった。久々に会えた幼馴染と話したいことは山のようにある。



車が発進すると同時に、まずは「ライブお疲れ様」と彼を労った。「ありがとう」と微笑む横顔に続けて、「真斗は呼ばなくて良いの?」と呼びかける。



「………」
「あ、あれ?私なんか変なこと言った?」
「いや?別に…。聖川は明日朝一番で仕事が入ってるみたいだから声は掛けなかったんだ」
「そっかー。なら仕方ないね」


せっかくなら昔のように、三人で集まって語らいたかった。真斗のステージの感想も伝えたかったし…まぁでも、それはレンに伝言してもらえば良いよね。


レンが一瞬沈黙したことに少しだけ違和感を覚えたけれど、特段気にすることなく私はレンが座る運転席側の窓の外から、遠くの景色を眺めた。東京の街は華やかで、とっても美しい。そして慣れたようにハンドルを握るレンもまた、それを更に美しく彩っていて。



「どうしたの?そんなにじっと見つめて」
「……ん、何でもない」


私の視線に気が付いたレンに対して、ちょっと大人ぶった態度なんて取っちゃって。私は何事も無かったかのように視線を前へと向けた。それからは特に会話もなく車は先へ進んでいく。しばらくすると、どうやら目的地に到着したようだ。


駐車場に停車した車から降り、エスコートされたのは……厳かな雰囲気漂う大きなお店。



「イタリアンと迷ったんだけれど、旅子が日本食が恋しいかなと思って」

見るからに良いお店と分かるその空気に、自然と背筋が伸びた。案内された席に座って周りを見渡す私は、落ち着きのない客と思われているかもしれない。



「お店の中に竹がある!」
「あぁ、ししおどしだね」
「ししおどしって言うの?」


日本を離れたのは幼い頃だ。知らないことも私にはまだまだ多い。

それは頂く料理も同じだった。出汁の風味が効いた丁寧なお料理は、どれも疲れた身体に沁みる。最高のライブの後に、こんな最高の食事が楽しめるだなんて、今日は本当に良い日だ。



「レン、ありがとう。本当に素敵なお店ね」
「あぁ…うん。本当はこういう和風の店だったら、聖川の方が詳しいんだけどね」
「……」


そう話したレンはポーカーフェイスを保っているつもりだっただろう。だけど私は分かってしまった、何となく…だけれど。離れている時間が長かったとはいえ、幼馴染は伊達じゃない。



「旅子?」
「ううん、あんなにステージでは色っぽかったのに…やっぱり変わってないなぁって」


大人びたフリをしているけれど、誰よりも欲深くて負けず嫌いだったりする。昔からレンは、そんな素振りは見せないけれど真斗をライバル視しているのは気付いていた。今も、きっとそれは変わらないのだろうと思った。



「だってキミは昔からアイツが好きだろ?」
「…ん?」
「昔からやたら世話を焼いていたし、今だって…ずっと気にかけてたみたいだし?」
「んー?」


良いお店は食後に出されるお茶まで美味しい。それをまた一口こくりと飲んでから、ゆっくりと湯呑みをテーブルに置いた。


「レンは昔からそうだよね」


呆れてそう言ったんじゃない。そんな意地っ張りな一面もレンらしい。だけどもし思い違いをしているのならば、それはきちんと正さなければならない。



「私は今日このお店に一緒に来たのがレンで良かったと思ってるし、昔からずっと一番はあなたよ」
「……え?」
「真斗も大切な幼馴染だけど、レンは特別」


微笑んでそう言うと、レンは口をぽかんと開けて何度か瞬きをした。それが可笑しくって、私を口に手を当てて笑いを堪える。一応、私の想いは伝わっただろうか?



「ごちそうさま。ここは私が持つよ、なんて言ったって【お姉ちゃん】だから──」


伝票を持って立ち上がり、歩き出そうとすると後ろから手を引かれて強制的に振り向かされた。

カシャンと伝票が床に落ちて、私の全身がレンに包まれる。ここが、個室で良かった。


ギュッと力強く正面から抱き締められ、少しだけ息苦しいけど、不思議と心地よくて温かい。



「もう、待たない」


耳元で囁かれた言葉が嬉しくて、レンの背中をポンと叩いた。


腕の力が緩んだ隙を見計らって、ヒールを履いた足元で背伸びをする。返事の代わりに彼の唇を奪った瞬間、たまたま着ていた赤いワンピースの裾が舞った。それはまるであの時の…情熱に溶かされたマネキンのようだった。













×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -