Restart



「誰か」のことを想い雪の中歌うあなたは、私の知らないあなたで。ほんの少し、切なかった。





ライブを終えて外へ出ると、会場の熱気が嘘のように冷たい空気が身体を刺した。夜になって急に気温が下がったみたいだ。

浮き足立つ人々の流れに逆らって私は目的の場所へ向かう。それはつい先程、にレンから届いたメッセージが理由だった。



『せっかくだから3人で食事でもどう?迎えに行くから待ってて』


そう、久々に3人で昔話でもしようという彼からのお誘いだ。十数年ぶりの再会、話したいことは山のようにある。もちろん、断る理由なんて無かった。指定された場所へ到着し、そこにちょこんと一人佇む。



「早く来ないかなー…レンと真斗」

冷えてきた手のひらを擦り合わせて、ふぅっと息をかける。そして一人、暗くなった空を見上げながら今日のライブに思いを馳せた。


レンと真斗のソロステージは圧巻で…特に真斗には驚かされた。子供だと思っていたのに…あんな泣き虫だった真斗が憂うようなだけど優しい表情で、「命」について歌っているだなんて。

曲中にレンが出てきて二人ですれ違うシーンは、色々な思いが込み上げて泣きそうになってしまったっけ。




「旅子お姉ちゃんか?」
「あ、あれ?真斗、一人?」
「あぁ…神宮寺に呼ばれた来たのだが」
「私も。レンは?」
「む…お姉ちゃんと一緒ではなかったのか?」


待ち侘びていた私の元に現れたのは、真斗一人だった。二人で顔を見合せて首を傾げる。私はてっきり、レンは真斗と一緒に来るとばかり思っていたのに…どうやらそうではなかったようだ。

そこで浮かんだのはひとつの考え。真斗もそれを察したのか表情がみるみる内に怪訝なものに変わっていく。


「あやつ、謀ったな…!」
「ま、まぁまぁ!何か予定があったのかもしれないし…私は真斗と二人でも嬉しいよ」


レンは昔から勘が鋭い子だったから、もしかしたら小さな頃から内に秘めていた私の想いに気付いていたのかもしれない。お膳立て…してくれたのだろうか。



「……」
「……」
「ど、どうしようか」
「うむ…す、少し歩こうか」


間にレンが居ないだけで、ちょっぴり変な空気になってしまうのが情けない。私がお姉ちゃんなんだし、会話をリードしなきゃと思うのに…なんだか妙に緊張してしまう。どうしよう、と悶々としていると道沿いに自動販売機が見えた。


「せっかくだから何か飲もっか。ご馳走するよ」
「あぁ、気にするな。俺が出すよ」
「いいのいいの!私の方がお姉ちゃんだから」


真斗の制止を振り切って缶コーヒーを二つ購入した私は、それを一つ真斗に手渡した。

「ありがとう」と受け取る大きな手。ちょっとだけ、触れる指先。


ゆっくりと二人で歩みを進めると人の波が減ってゆく。いつの間にか辺りは静けさに包まれていて、周りには誰もおらず真斗と二人きりになった。



「(まずい、ドキドキしてきた…)」


道端の塀に腰掛けてコーヒーを飲みながら、隣にいる真斗の顔を盗み見る。ブラックコーヒーを啜るその横顔は本当に美しくて、だけどちゃんと大人の男の人で。缶コーヒーを持つ大きくなった手も、ぐんと伸びた背も、私を呼ぶその声も…昔とは全然違う。

こんなに格好良くなっているなら事前に教えて欲しかった。高鳴る心臓を誤魔化すようにコーヒーを喉に流し込んでから、気を逸らそうと真斗の方に身体を向けた。



「ライブ、本当に凄かったよ!感動しちゃった。特に真斗のソロ曲ね、思わず聴き入っちゃって」
「ありがとう。お姉ちゃんにそう言ってもらえると嬉しい」
「うん…すっごく立派になったなって。昔はあんなに泣き虫だったのに」


からかうようにそう話せば、怒っちゃうかな…なんて思ったのに。予想に反して真斗は切なそうに目を伏せていた。まるで昔を慈しむかのように。そしてゆっくりと口を開く真斗の言葉を、私はじっと待った。




「…あぁ。別れの時は思わず号泣してしまったな。懐かしい」
「も、もー!あんなに泣かれたら私だって行きたくなくなっちゃったよ」
「……」
「仕方なかった、けど、さ…」


小さな頃の私達には何の力も無かった。行きたくないと抵抗する勇気も、引き止める力も。
だから、ただ運命に任せて…私達はお別れした。するしかなかったの。

空になった缶を握りしめて、真斗が遠くを見つめる。




「あの時はひたすらに願った。『行かないで』と」


『お姉ちゃん、行かないで!』

手を伸ばして、泣きながらそう言った真斗の姿が浮かぶ。あの頃とはこんなに違うのに…今の真斗を見て、自然と昔の影が浮かぶから不思議で。



「今でもずっと…そう思っている。離れたくないと…そう願いながらあの曲を歌っていた」
「真斗…」
「……女々しいな。明日帰国だろう。ホテルまで送るぞ」


すくっと立ち上がった真斗の背中はどこか物悲しさを醸し出していた。その背中が、また遠くに行ってしまう──せっかく、こうして会えたのに。




「……行かないよ!」
「え?」

気が付けば大きな声で真斗を呼び止めていた。振り返ったその身体に思い切って抱き着く。
温かなぬくもり、控えめに私の背中に回してくれる腕…その全部が、ずっと欲しかったものだ。


「…もう子供じゃない。私、真斗が引き止めてくれたら…どこにも行かないよ」


そう、選択肢を彼に与える辺りずるい女だと思う。だけどどうしても真斗の口から聞きたかったの。




「……行かないでくれ」

ぎゅっと力強く抱き返してくれる両腕。絞り出すようなその声に、胸が締め付けられる。



「ずっと好きだった」
「…うん」
「もう離れたくない。これからの未来を、俺と一緒に歩んで欲しい」


真斗と抱き合いながら、私は何度も頷いた。私ももう離れない、離れたくない。そう思うままに真斗に伝えれば「ありがとう」と答えてくれる。



「旅子お姉ちゃ──」
「呼ばないで」

顔を上げて何かを言おうとした真斗。それを遮って、彼の唇に人差し指を当てる。きょとんとした顔に微笑みを返して、私は言葉を続けた。


「今日からは、新しい関係だから。幼馴染のお姉ちゃんはもう、終わりにしたいの」


寒空からは雪がぽつりぽつりと降ってきた。真斗の青い髪に雪が一粒落ちたのに気付いて、それを払おうと手を伸ばしたら、その手は逆に真斗に掴まれてしまう。



「旅子」


優しく名を呼ぶ真斗の声が届いた。
同時に降ってくる雪のような優しいキスに、たくさんの幸せを感じながら私はそっと、瞳を閉じた。












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