And you



魔法のような世界に魅せられて。それはまるで一緒に空でも飛べるような気がした。






すっかり暗くなった夜空を見上げながら、終演後に乾杯した缶ジュースで喉を潤した。靡く風を感じたくて目を閉じると、浮かんでくるのは今日のライブの光景ばかりだ。


ここはライブ会場のスタンド席、その一番上階。つい先程まで、まさにここでST☆RISHの単独ライブが行われていて、私が座るこの席もファンの誰かが確かに座っていた場所。


それは本当に夢のような時間だった。次から次に流れる私が作曲した楽曲、それを何倍にも魅力的に仕上げてくれるアイドルの皆、たくさんの歓声とお客さんの笑顔。

私、こんなに幸せで良いのかな。




「ここに居たのですか」


椅子に座りながら天を仰いで余韻に浸っていると、突如綺麗な顔面が視界を覆った。綺麗なグリーンの瞳は驚いたように丸くなっている。セシルだ。
その口ぶりからすると、恐らくひっそりと姿を消していた私を探しに来てくれたのだろう。


「…うん、なんか胸がいっぱいになっちゃって」


言葉の通りだった。ライブは終わって私達の心もひと段落ついたはずなのに、何故な自然と足を運んでしまったのがここだったのだ。

広々とした、静かなドームの中。その中をぐるりと眺めると、改めてその広さを実感した。こんなすごい所で、あんな素敵なライブを成功させるなんて。


「本当、すごいよね皆は」
「ふふ、それもこれも旅子のおかげですよ」

優しい声色でそう言ったセシルが、私の隣の席に腰掛けた。静寂の中、ふわりと風が吹いて私達の髪を緩やかに揺らす。この風に乗れば、今の気分なら空だって飛べちゃいそうだ。



「そういえばさ、セシルのステージ!ビックリしたよ、あんな急に魔法みたいな…!」

ソロステージはそれぞれのやりたいことや、特性を存分に生かした素晴らしいものだった。その中の、3番目のステージがセシルだったんだけど…そのステージングに目が飛び出そうになったことを、ふと思い出した。


「音也とトキヤを召喚?しちゃうし、空まで飛んじゃって…!あれ、どういう仕組み?」
「あれは魔法ですよ」
「あー…マジック的な?」


手をポンと合わせて私が言うと、セシルは「うーん」と首を可愛らしく傾げた。セシルはマジックが得意だから、きっとちゃんと何かしらタネがあるのだろうと思った。それが何かは、まぁ私には想像つかないのだけれど。見えないワイヤーとかで吊ってるのかな。


でもそれで良い。どういう仕組みになっているのか分からない方がワクワクするから。
まるで魔法にかかったみたいに。



「ノンノン!本物の魔法です。マジックではありません」
「へ?」

私の心を読んだかのように放った、セシルの言葉が信じられず私はただ瞬きを繰り返した。「ん?」とまっすぐ私を見つめる純粋な瞳は、嘘をついているようには見えない。


……いやいやいや、でもだからと言って。本当に魔法なんて使えるはずないじゃない!確かに普通の男の子とは違って異国の王子様だったりは、するけどさ!


「信じてないって顔してますね」
「だ、だって…」
「では、見せてあげましょう」


そうにっこりと笑ったセシルの大人っぽさに、一瞬ドキリとする。すっと立ち上がったセシルの身体を、突如キラキラした光が包んだ。何事かと思い彼の回りをぐるりと確認するけど、何も仕掛けは見当たらない。

私がぱちぱちと瞬きを繰り返してる間に、セシルのその身体がふわりと浮き上がった。


「えっ?えっ?」
「旅子も立って」


右手をすっと優しく取られ、言われるがまま立ち上がると自然と足が地面から浮き上がった。重力に逆らって、そこにぷわぷわと浮く私の身体。そこまで来てようやく、セシルの言う【魔法】が本物であると確信した。


「えっ、ちょ…やだ!怖い怖い!」
「大丈夫、力を抜いて下さい」
「だって怖い!落ちたら死ぬもん!」
「大丈夫」


徐々に浮いていく身体と遠ざかる地面に、ワクワクよりも恐怖心が勝った。いくらセシルの魔法が本物だったとしても、宙に浮くだなんて生まれて初めての経験。怖がらない方が無理だ!



「大丈夫」
「セシル…」
「ワタシを信じて」


かの有名なファンタジー映画の王子様のように、セシルは私にそう微笑んだ。きゅっと、優しい力で握られる手は温かくて…安心する。

セシルの目を見つめて、私は小さく頷く。そしてセシルに導かれるように…身体が空を舞った。


暗闇に浮かぶ私の身体。すごい、まるで本当に先程のセシルのステージみたいだ。夢みたい、私が空を飛べちゃうだなんて。


「すごい!舞台があんなにちっちゃく見える!」
「こう見ると、会場がもっと良く見えるでしょう?」
「うん!空から見る景色って何倍も素敵」


あんなに怖かったのが嘘みたいだ。下を見れば数え切れないくらいの客席がぼんやりと見える。ペンライトが灯るとさぞかし綺麗なんだろうって、セシルが見ていた景色が目に浮かぶようだった。


繋いでいた手にぎゅっと力を入れた。すると私の顔を見て、嬉しそうに笑ってくれるセシル。「次は、どんな夢をご所望ですか?」なんて、まるで魔法使いのようなことを言う。



「…次は、魔法の絨毯で空を飛びたいな」
「じゅ、じゅうたん…頑張ってみます」
「うそうそ、セシルと一緒なら何でも良いよ」


これからも一緒に夢を見たい、共有したい。そう思うがまま伝えて、セシルの腕をちょいっと引っ張った。


「うわっ!落ちる落ちる!!もー!」
「だって、旅子が……!」


褐色の頬にそっとキスを落とせば、一瞬力が抜けてしまったのか、身体が重力にならって落ちそうになった。すぐに手を引いて持ち直したから良かったものの、ドキドキしちゃったじゃないか、もう。


「ごめんなさい」と謝ったセシルか仕返しと言わんばかりに私の頬にキスを落とした。

両方の手を互いに繋いで、瞳を閉じれば今度は唇に触れるキス。その姿はまるで、王宮の王子様とお姫様みたいだなんて、ロマンチックなことを思った。













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