Dazzling



ふわふわと舞うお菓子に、お洒落な装飾が施されたステージ。二匹のくまさんに、笑顔で歌う姿。あなたが目指した全力の「可愛い」はキラキラ眩しくて、まるで夢の世界のようだった。




「(美味しそう…)」

ライブも無事に終わり、閑散としたステージの袖ではスタッフが慌ただしく片付けの作業に入っていた。それぞれの個性がぎゅっと詰まったソロステージのセットは、どれも魅力的だ。

その中で一際目を引かれるカラフルな装飾とお菓子たち。
突然それらが飛んで踊り出したのには驚いて目が飛び出しそうになった。なんて言うのは今更か、散々すごいステージ見せられたもんね…。


周りが片付けのために奔走している中、どうしても私はそれから目が離せない。夢中になってライブを見ていたせいか、お腹もとっても空いている。それに何より、私は元々甘い物には目がないのだ。


いっこだけ…一個だけならバレないかな?
辺りを見渡して誰からの視線もないことを確認してから、チョコのかかった小ぶりなエクレアに手を伸ばす。



「旅子ちゃーん?何してるの?」
「げっ!林檎先生…!」

まさにその瞬間を見ていたのは、学園時代の恩師だった。腰に両腕を当てながら言う先生は笑顔だけど、少し怖い。私は伸ばしていた手を引いて後ろに隠しながら、適当に笑って誤魔化す。


「これは…SDGsです!」
「何言ってるの、ちゃっちゃと片付けてちょうだい!」
「……はーい」
「ちなみにソレ、作り物だから食べれないわよ」
「えっ!そうなの?」
「ステージの装飾用に作られた物だから当たり前でしょ」


ほのかに甘い香りがしたのは、どうやら私の錯覚だったらしい。えー…そっかぁ、作り物なんだ。残念に思い肩を落としていると、「あっちになっちゃんからの差し入れならあるわよ〜」と先生が教えてくれた。



バックステージにはメンバーやスタッフ各々が現場へと用意した差し入れが並べられている。美味しそうなそれらに釣られるように近づくと、確かに那月からの差し入れがあった。カラフルな、マカロンだ。

これだけ、これだけ食べたらちゃんと片付けに参加するから…!


両手を合わせていただきます、と唱えてからマカロンを掴もうとしたその時、「旅子ちゃん!」と私を呼ぶ声が、またもや私のデザートタイムを遮った。



「…那月かぁ、びっくりした」
「お疲れ様です!」

両手を後ろに回した那月は、私を見てにっこりと笑った。終演直後でまだ着替えていないのか、アンコールのTシャツに首からマフラータオルをかけた姿は、逞しい身体付きが際立つ。ボナペティを歌っていた時とは、全く違う姿だ。


「お腹空いちゃいましたね」
「やだ、つまみ食い見られちゃうところだった」

マカロンに伸ばした手を隠して、先程と全く同じ流れだな、なんて思って心の中で苦笑いをする。中々甘い物を食べさせてもらえないのがちょっぴり悔しいし、もどかしい。


「構いませんよ?美味しいんです、ここのマカロン」
「め、目の前で食べるとこ見られるのはさすがに恥ずかしいよ」
「?そうですか?」

こてん、と首を傾げる姿は本当に可愛らしくて。女の私ですらキュンとしてしまう。ファンのみんなは特に、あんな可愛いステージを見せられてメロメロだったことだろう。


「それよりも那月!すっごく可愛かったよボナペティのステージ」
「本当ですか?旅子ちゃんに言われると嬉しいなぁ」
「うん、キングダムの時とは全く違う感じで…本当に良かった」
「エゴイスティックですね!懐かしいです」


両手の平をポンと合わせる仕草を見て、私も思わず笑みが零れた。



「那月が、本当にやりたいこと」
「?」
「実現出来て…良かったね」


これまでのソロ曲から見ても、抜群の歌唱力を活かした情熱的でロックな印象の強かった那月。そんな彼がこの晴れ舞台に向けて、作曲家の私にリクエストしたのが今回の曲調だったのだ。


那月は昔から可愛いものが大好きだから…だからきっと可愛いものに対する憧れや想いが一際強かったように思う。このステージに賭ける想いも、人一倍強かったんだよね。


私の言葉に、那月の綺麗な瞳がゆっくりと細められた。いつものにっこりとした可愛らしい笑顔とはまた違う、大人びた色っぽい表情に変にドキッとして、つい視線を逸らしたくなる。



「そっ…そう言えばさ、ボナペティってフランス語だよね?どういう意味なの?」


照れ臭くなってしまった私は、咄嗟に話題を変えた。


「そうですねぇ…けどその前に」
「?」
「旅子ちゃん、お腹空いてるでしょう?良かったらひとつ、どうですか?」


お腹が空いてるのがバレていたとは、恥ずかしい。確かにずっとずっと食べたいと何度も視線は送っていた、けど。私がこくんと頷くと、那月が色とりどりのマカロンの中から一つチョイスして手に取った。ピンク色のマカロンはきっとフランボワーズ味だ。私が一番食べたいと思っていた味、さすが那月は私のことをよく分かっている。


「ありが…と?」
「僕、このライブが終わったらあなたに伝えたいことがあったんです」


ぽかんと開けた口にそのマカロンは入ることはなく、私は何度目か分からないお預けを食らう。
ひ、ひどい…!私そんなに日頃の行い悪いかなぁ!?



「もう!…伝えたいことって何?」


頬を膨らましながら半ばヤケになってそう聞くと、那月が一歩、私に近づいた。追い込まれるように無意識に後ろに下がった私の背中が、壁に付く。



「あの、那月…」
「僕があの曲を歌えたのは、旅子ちゃんのおかげなんです」
「あ、ありがとう」
「僕にとってあなたは特別。…この意味が、分かりますか?」
「ど、どういうこと?」


私、頭悪いから分かんないよ。
そう…開こうとした口は──すぐに塞がれた。


那月が咥えた、ピンク色のマカロン。
それが、半開きになった私の口にそっと差し込まれた。
まるで、お菓子越しにキスされてるみたいに。


突然訪れた甘味に、間近に感じる那月の吐息。
心臓をぎゅんっと掴まれたように、全身が熱くなる。


サクッと柔らかい音がして、那月がマカロンを噛んで顔が離れていく。甘い味は口の中に確かにあるのに、私は咀嚼出来ずそのままぽかんと固まることしか出来ない。




「merci?」


那月がとびきり艶っぽい声で、私にそう囁いた。どう返事したら良いのか全く分からない、思考回路が…麻痺してる。

それ程までに、目の前の彼にただ心を奪われたような錯覚になって。

しばらくしてからようやく、口を動かしてマカロンを飲み込んだ。あ、美味しい。すっごく美味しい…。


「召し上がれ、ですよ」
「あ、え…?な、にが」
「ボナペティの意味です!」


お返事待ってますね〜!とが、那月は両手を振りながら楽屋へと戻っていく。その後ろ姿を見送りながら、咄嗟に両頬を手で押さえた。

やば…やっぱり、顔熱い。


「(ずるい…ずるいずるい!)」


あんなに可愛いステージを見せられた直後、あんなことするなんて…!確信犯めいたところも含めて、本当に恐ろしい男だと思った。


ようやく那月の言葉の意味を理解した私は、次会った時にどう返事をしようかと考えながら、重い身体を動かす。そう、そう…早く片付けに参加しなくちゃまた林檎先生に怒られちゃうから。

口の中にはまだ、フランボワーズの甘酸っぱい味がほんのり、残っていた。













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