皇君の言葉に、私はただ瞬きを繰り返す。 …え?この人、今何て言った?生徒会?副会長? この私が?ん? いやいやいや、そんな。 『越前、お前は青学の柱になれ』みたいに言われましても…。 「ごめん、嫌だけど」 「…何故?」 「な、何故って…逆にお尋ねしたいんだけど、どうして私?」 生徒会の副会長なら、他にやりたい人はいるはずだ。わざわざこんな、The目立たない代表みたいな私に声なんて掛けなくても…そう思うのは自然な流れだ。 いくら知り合いの皇君の頼みとはいえ、このお願いはさすがに聞けない。私には無理だ。だって… 生徒会になんて入ったら、目立ちまくるじゃない…! 「白石が適任だと、そう判断したからだ」 「そ、それは買い被りすぎじゃないかな…。とにかく出来ないよ。ごめんね」 はっきりとそう告げて、私はその場から離れようと皇君の横を通り過ぎた。…いや、通り過ぎようとしたのに出来なかった。 皇君が無言のまま、私の前に立ちはだかる。通せんぼされて、前に進めない。右に行こうとすれば右に、左に行こうとすれば左に皇君の身体が邪魔に入る。 「…っ、あのね!皇君!」 「返事は今じゃなくて良い」 「だから──」 「少しだけ、考えてみてくれないか」 いつになく真剣な皇君に、ぐっと息を呑む。でも、私だって譲るつもりは無い。そもそも私なんかに生徒会なんて、出来るはずがないじゃない。 何も言わない私と皇君の間に、沈黙が流れる。どのくらい時間が経っただろう、急がないと次の授業に遅れてしまう。何とか切り抜けなければと思い私は皇君の一瞬の隙を突いて、さっと駆け足でその横を通り抜けた。 「白石…!」 「私は副会長にも、青学の柱にもならないから!」 去り際に振り向いて、皇君に堂々と宣言する。 立ちすくむ皇君に少しだけ申し訳ないと思いつつ、私は足早に、逃げるように音楽室へと向かった。 「青学……?」 ─── チャイムが鳴り長い長い、音楽の授業が終わった。合唱なんて団体芸はほんの少し苦手。歌も、あまり得意じゃないし…。音楽や体育と比べれば、机上に向かえば良いだけの他の科目の方がよっぽど気が楽だ。 教科書をまとめて筆記用具とリコーダーを持った私は、椅子を引いて立ち上がる。 ぞろぞろと生徒達がドアをくぐって音楽室を出て行く。私も早く、教室に戻らないと。 ふと無意識にピアノの方を向いたら、ある男の子とばちっと目が合った。 聖川真斗君…今年になって初めて同じクラスになった。 そういえばずっと伴奏しててピアノ、上手だったな。ピアノ弾ける男の子とかすご…。月宮先生も褒めてたもんね。 何故、今私は彼と目が合ったんだ?んー…?まぁ良いか? ぺこりととりあえず会釈だけして、教室へ戻ろうとした時──。 「白石!」 「え?」 聖川君が大きな声で私を呼び止めて、私の元へ近付く。 「(あれ?そういえば…)」 彼とはほとんど話した事はないけど…た、確か聖川君って…そうだ!生徒会のメンバーだ! 【生徒会】というワードに思い出すのは、先程の皇君とのやり取り。その瞬間私の中でなんとなく嫌な予感がして、サーっと顔が青ざめる。 「少し時間を良いだろうか。実は白石に頼みたい事が──」 「副会長ならやりません!!」 「ま、まだ何も言ってないだろう!?」 何か言おうとしている聖川君から逃げるように、私はそそくさと音楽室を出た。ひたすら早歩きで廊下を進む。そっと後ろを振り返って聖川君が追いかけて来ない事を確認し、ほっと息を吐いた。 「次から次へと…何なのもー」 まだ午前中なのに、どっと疲れた。午後からの授業なんて頑張れる気がしない。もちろん、サボる勇気もないけれど。 皇君も、聖川君も、何をそんな私に期待してるんだろう。生徒会なんて責務、私に全う出来るはずがない。 …もしかして、誰でも良かった?他にやってくれる人が見つからなったとか。うん、そうかも。そうじゃなかったら、私に声なんて掛からないもん。 だからと言って引き受けるかと聞かれたら、答えはノーだ。あと1年…私は、何事もなくこのまま卒業を迎えたいのだ。 目立たず、出しゃばらず、だけど周りには最低限愛想良く。平凡に、穏やかに地味に毎日を過ごす。 それが、私の学校生活のモットーなの。 そうしていれば、 嫌われないし、傷つかないから。 ─── 怒涛の午前中が終わり、午後は比較的穏やかに時間が過ぎていく。よし、あと1時間だ。今日はお家に帰ったら録画してあるドラマを見よう。お家の夜ご飯は何かな?もうすぐ学校が終わる、この5時間目と6時間目の休憩時間は好きだ。 授業と授業の間は基本10分休憩。本日最後の科目である数学の教科書とノートを机の上に出してから、ぼーっと頬杖をついて時間が過ぎるのを待った。 「失礼します」 「きゃーっ!!うそ!?」 「やば!かっこいい!」 そんな平和な時間を邪魔するようなクラスメイトの黄色い声を聞いて、私は嫌な予感がした。ギギギと音がするくらいゆっくりと振り返って、ドアにいるであろう、その声の主を確認する。 「すみません」 …わぁ。どうしよう。 「白石紬さんはいらっしゃいますか?」 まさかの、会長様が直々に来てしまったようである。 |