4月-1

「いやああああ!」
「……」
「やめてーっ!来ないでぇぇ」

学校の廊下は走ってはいけません。小さな頃からそう教わってきた。少なくとも真面目な生徒として通ってきた私は、そんな事はしない。だけど今は、
この状況は──逃げるしかないじゃない!!


ツルツルの廊下を(もしかしたらワックスかけたてかも)、上履きを履いた両足で全力疾走。もちろん、転ばないように細心の注意を払う。こんな廊下のど真ん中で転んだりなんかしたら、注目を浴びてしまうもの。いや、こんな全力で叫びながら走っている 時点で、すでに目立ってしまっているんだけど!さ!


私を追いかける鬼は、真顔で何も言わずにただ走る。陸上選手かの如く、やたら綺麗な姿勢で。この男…皇君との鬼ごっこが始まったのには理由があった。
話を、少し前まで遡ろう。







────

文武両道をモットーに、たくさんの生徒が勉学に励む私立高校があった。その名も、早乙女高校。生徒の総人数は1000人を超える、所謂マンモス校だ。私、白石紬はここの2年生。否…もうすぐ3年生へと進級する、ごく普通の女子高生だ。


「それでは続きまして、生徒会からの連絡事項です」
間もなく春休みへと突入する、3月の下旬。体育館に集められた全校生徒の前で壇上に上がるその男子には、控えめながらも黄色い声が飛び交っていた。


「なお生徒会では一名欠員が生じており、役員を募集しております。希望の生徒は一ノ瀬までお声掛け下さい。続きまして来年度の──」


「え?生徒会って欠員出てるの?」
「ほらほら副会長の女の子。問題起こして退学したらしいよー。こんな時期に生徒会も大変だよね」
「えー…でも一ノ瀬くんが会長なんでしょ?私、立候補しちゃおっかなー」
「(へぇー)」

後ろのクラスメイトの話が右から左へ抜けていく。大変そうだなぁ、という事だけは理解出来るけど、まぁ私には縁のない話だ。

真面目に聞いているフリだけはしながら、私はただ体育館の壁掛け時計の長針だけを見つめる。さっきから全然進んでいない…うーん、暇だなぁ。


パチパチパチとまばらな拍手が起きて、生徒会からの連絡事項が終わったのだと気が付く。慌てて前を向いて、周りの拍手に音を合わせた。その男子生徒は颯爽と階段を降りていく。

女の子がみんな嬉しそうに目で追う彼は、一ノ瀬トキヤくん。我が早乙女高校の新生徒会長である。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能。絵に書いたような王子様に、うちの学校の生徒は皆憧れを抱いている。
私みたいな一般ピーポーとは住む世界が違う、そんな人。同じクラスになったことはないし話したことも無い。生徒会長と言えど、彼は私の存在すら知らないだろう。


「(これだけ大勢の生徒がいれば当たり前、か)」


風の噂によると、それから数日が経っても副会長の後釜は見つからなかったらしい。副会長不在という異例(らしい)の事態のまま、3月は終わりを告げたという訳だ。

私はと言うと、春休みも特に変わったこともないまま、あっという間に4月を迎えて──





────


「な、中々馴染めない…」

新学期になるとクラス替えに伴って、人間関係が一変するのは学生にはよくある話。3年1組と札がかけられた教室を一人で出て、私は小さく溜息を吐いた。

3年生にもなると、普通の生徒なら校内に知り合いが何人か出来て、誰かしらが同じクラスになって…自然とグループが出来上がっていく。私はと言うと、去年唯一仲良くしていた友人が一番遠くのクラスになってしまい…知り合いも全く居ないこの1組に放り出されてしまった。


も、元々友達も殆ど居ないし…部活もやっていない。
自分からクラスの輪に入るのも、得意ではない。


けど!


「(あんまり、一人で居て浮いちゃうのはなぁ…)」

一人で居るのは楽だし、嫌いではない。だけど周りからぼっちと思われるのは少し嫌だ。こういう時、人の目がどうしても気になる性分は厄介だ。

孤高の一匹狼、なんてあだ名が付けられた日には…もう学校に来れないかもしれない。


一人でとぼとぼと、移動教室へと向かう。次は音楽だ。遠いんだよなぁ…音楽室。

極力目立たないよう、肩をすぼめて小さくなり、なるべく早足で向かう。そんな姿勢で歩いていたせいか、目の前に突如現れた人影に、上手く反応出来ずにいた。


「いてっ!」
「…白石」
「あ…皇君」


私の目の前に現れたのは、皇綺羅君だった。

皇君は、私の数少ない知り合いの一人。出身中学が同じで、1年生の時も同じクラスだった。
かと言って特別親しい訳ではない、会ったら挨拶を交わす程度だ。相変わらず背が高くてスタイルが良い…そういえば、こうして話すのは相当久しぶりな気がする。


「お久しぶり。どうしたの?」
「白石に、話したい事があって来た」
「話したい事?んー…次移動だから、手短にお願いしても良いかな?」


分かった、と小さく頷いた皇君。

綺麗な黄色の瞳に吸い込まれそうになる。皇君は決して悪い人じゃなくむしろ親切で優しい人だ。だけどこの瞳に見つめられるのはほんの少し苦手で。
なんだか、色々…見透かされている気がしちゃうのだ。


「白石」
「はい」

皇君はじっと、私の目を真っ直ぐに見つめて口を開いた。そして衝撃の言葉を放ったのだ。



「お前は生徒会の副会長になれ」


「……はい?」


私の平凡で穏やかで平和な高校生活に、
春の嵐が吹き荒れようとしていました。



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