6月-2

「ほな次の競技はーっ!…え?何?ワイそろそろ邪魔な感じ?」
「はい、桐生院先生は競技の準備に入りますのでここで退席です。続きまして、3年生による二人三脚リレーです」

桐生院先生のノリノリの司会っぷりは生徒達に大好評だった。体育祭が始まって早々、本部のテントに集まった私達の輪の中で一ノ瀬君が「まったく…」と頭を抱えていたのは笑ってしまった。
…あ、ちなみに思っていたよりも彼とは普通に会話が出来たし、一ノ瀬君も何も気にしていない様子だった。何の話かは、前回のお話を参考にして欲しい。



「あー…緊張する」
「ふふ。よろしくお願いしますね、白石さん」

そしていよいよ、私が参加する競技の順番がやって来た。男女ペアで行う、二人三脚リレーだ。何故男女ペアなのか…という点を心から問いたい。他の生徒達はとっても楽しそうだから良いんだけど。

私の隣に立つのは、背の高い男の子。その風貌とは裏腹に、とても穏やかで話しやすい彼とペアなのは、心から良かったと思っている。


「こ、こちらこそよろしくお願いします、四ノ宮君」
「すみません。僕がオケ部にかかりきりで、ほとんど練習出来ませんでしたね」

彼、四ノ宮那月君はオケ部の部長を務めている。体育祭直前に重なってしまったコンクールでは見事な成績を収めたと聞いた。その為か二人三脚の練習時間を確保出来なかった事を四ノ宮君は詫びた。実質、ぶっつけ本番だ。


「大丈夫だよ。何とかなる、気がする」
「ペースは白石さんに合わせますからね。頑張りましょう!」

両手で拳を握る仕草は、私よりも遥かに可愛い。勝手にほっこり癒されていると、「よっ、那月!」と後ろから聞こえる声。振り返ると四ノ宮君と同様、可愛いと評判の男の子がペアの女の子と一緒に立っていた。


「翔ちゃん!もしかして走る順番一緒ですか?」
「そ!アンカーのいっこ前な。ぜってー負けねぇからな!」

拳を突き出した、2組の来栖翔君。彼もこの学園内でトップレベルの人気を誇る生徒だ。このルックスと男前(らしい)な性格が人気の秘密だとか、なんとか。ちなみに四ノ宮君とは幼馴染でとっても仲が良いらしい。校内でも二人のカップル(語弊があるかも)はとても有名だ。

ちなみにうちのクラスのアンカーは一十木君、2
組のアンカーは一ノ瀬君だ。私達が居る場所から半周先のトラックの反対側に、一ノ瀬君が立っている姿が見える。


「白石も頑張ろうな!」と来栖君が私に話しかけたと同時に、スタートのピストルが鳴った。そして同時に、そもそも来栖君が私の名前を知っていた事に驚く。


「な、なんか恐縮です…」
「そうか?有名人じゃんすっかり」
「来栖君に言われましても」
「はは、面白いヤツだな」
「……」

来栖君が爽やかに笑っている横で、2組の女の子がじっと私を見つめていることが気になった。無言でただ見つめられて…ちょっぴり気味が悪くてたじろぐ。
だけどその理由もろくに分からないまま、私達の前の組がリレーのバトンを受け取った。そろそろ、出番のようだ。



「(何だったんだろ、今の…)」

四ノ宮君と足が繋がれた状態で、ひょこひょことスタートラインまで移動した。四ノ宮君の腕が私の肩に回る。身長差があって彼の肩に手が届かなかった私は、控えめに腰周りに腕を回した。密着する身体がすっごく恥ずかしいけど、今はクラスのためにも頑張らなくちゃと気合を入れる。現在なんと私達のクラスが1位、2組が2位という状況で、四ノ宮君が赤色のバトンを受け取った。その距離は僅差だ。


「行きますよ!」
「うん!せーのっ」

声を合わせてから私達は同時に、はじめの一歩を踏み出した。それから息を合わせて両足を動かしていく。歩幅には相当な開きがあるはずなのに、何とか走れているのは四ノ宮君が私に合わせてくれているからだろう。


「(…よし!良い感じ)」

ぶっつけ本番の割に、ちゃんと走れてる…!そう自負していたけど、後ろから迫ってくる来栖君のプレッシャー。運動神経の良い彼のペアは、僅差だった開きをさらに詰めようと私達を追い込む。ほぼ横並びな状態だ。


だけど私達も負けてられない。コーナを曲がり切って後は直線コースを走るだけ…!片手を上げたアンカーの一十木君の姿を、視界にはっきりと捕らえた瞬間だった。


何かに体勢を崩され、

突然、私の足が──



「……っ!!」

リズムを崩して、その場で大きく転倒したのは。



「白石さん!」

ズサーっと音を立てて膝が地面に擦れた。繋がれた足が引きずり込むように、四ノ宮君も横に倒れかける。その瞬間歓声に包まれていたはずのグラウンドから、大きな溜息が聞こえて──

目の前が真っ暗になって、胸が張り裂けそうなほど、苦しくなった。



「大丈夫ですかっ…!?」
「ごめ、私は平気…」

何とか堪えた四ノ宮君に支えられながら立ち上がり、残り数メートルをやっとの思いで走り切る。「後は任せて!」と勢い良く走り出した一十木君だったけど、首位の2組との差は歴然であるばかりか、すでに他のクラスにも追い抜かれた順位を上げることは難しく──


私達のクラスがゴールインしたのは、全クラスの一番最後だった。




「……」

首位でゴールした2組の歓声と、大盛り上がりで結果を告げるアナウンス。その中でただ、私達1組だけが重苦しい雰囲気に包まれた。


「あーあ、白石がコケなければなぁ」

わざと聞こえるような声量で言ったクラスメイトの声が、グサリと胸に突き刺さる。それに同調する数々の声に、私は「ごめんなさい」と皆に頭を下げる事しか出来なかった。

怪我をした、右足の膝が、痛い。


「そんなこと言うなよ!!ごめん白石、俺が最後挽回出来れば良かったのに…」
「そんな、一十木君は何も悪くないよ。全部、私のせいだから…」

庇ってくれた一十木君の顔もろくに見ることが出来ず、口々に愚痴を零すクラスメイトもその場を去って自分の席へと戻っていく。ポツンと残された私に、四ノ宮君が「足、解きましょうか」と話しかけてくれた。


「うん。四ノ宮君、本当にごめんなさい。私のせいで」
「いえ。怪我、大丈夫ですか?」

優しく問いかける四ノ宮君に「大丈夫」と返すと、彼は少しだけほっとした表情を浮かべた。だけど四ノ宮君の足はクラスの応援席ではなく、未だトラックの中央で盛り上がっている2組の輪へと向かう。


それが少しだけ何故か心配で、私は慌てて彼の後を追った。

そして、予感が的中する。



「…いたっ!」
「おい!何してんだ那月!!」

四ノ宮君は私達と一緒に走った彼女──来栖君のペアの女子の腕を力強く掴む。嫌悪感を露わにする、四ノ宮君の表情に胸がざわついた。咄嗟に駆け寄って来栖君と一緒に、その腕を解く。


「あなた、走っている時白石さんの腕を引っ張ったでしょう」
「那月!お前何言って…」
「翔ちゃんは黙っていて下さい。僕は彼女に聞いてるんです」


いつも穏やかな四ノ宮君なら発せられる冷たい声。当の2組の彼女は俯いたままで何も言わない。四ノ宮君の態度を不審に思ったのか、来栖君が彼女を庇うように二人の間に入った。


「こいつがそんなこと、するはずねぇだろ!?変な言いがかりはやめろ!」
「翔ちゃん、クラスメイトを信用したい気持ちは分かります。だけど彼女の行動は確実に故意でした」

僕の位置からは確かに見えました、と。四ノ宮君は確信を持ってそう、話しているようだった。もちろん、来栖君はそれに納得していない。


「…ふざげんなっ!」
「来栖君!やめて!」

来栖君が勢い良く四ノ宮君の胸倉を掴んだ。それを止めようと必死に間に入ろうとするけど、二人の気迫に私はなす術がない。肝心の彼女は何も弁明もしないし…まぁ、それは仕方ないけれど、けど今はどうにかこれを止めないと!


「白石!本当にこいつが引っ張ったって言うのか!?」
「…それは、」
「白石さん、ちゃんと本当のことを話して下さい」




「私は、自分で勝手に転んだだけだよ」



「白石さん…どうして…」
「ありがとう四ノ宮君。迷惑かけて、ごめんね」

怒ったような来栖君の視線と、眉を下げる四ノ宮君の視線に耐えきれず、私は四ノ宮君のジャージの袖をぎゅっと掴んだ。

もうやめて、諦めて。私は、大丈夫だから──の意味を込めて。


「…足の怪我、痛むか?」

来栖君が先程より落ち着いた様子の声で私にそう尋ねた。ちゃんと心配をしてくれている、きっと彼は本当に優しい男の子なのだと思う。もちろん、四ノ宮君も。
これ以上、二人に険悪な雰囲気にはなって欲しくない。それが、今の私の願いだった。

「大丈夫大丈夫!かすり傷だから。藍ちゃんに絆創膏だけ貰ってくるね!」

場をなるべく明るくしようと、口角を上げてそう伝えた。唯一、俯く彼女とは目は合わなかった。

それじゃあ、と三人に伝えて私はその場を立ち去った。本当はあの空気に耐えられなくて逃げ出したかったのもあるけれど、早く次の競技に切り替えなきゃと思ったから。

引き摺った右足は、ジンジンと痛みが増すようで。頑張ってその痛みに、私は気付かないフリをした。


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