5月も終盤にに差し掛かった。いよいよ、今週末は体育祭の本番だ。忙しない毎日だったが、ようやく本番を迎えられると思うとほんの少し安堵した。 後は最後まで油断せずにやり切ること、それだけを今は考えていた。会長として三年生として…最後の体育祭を無事成功させるために。 「では前日は体育祭実行委員会の補助で、私達生徒会は会場の設営を手伝います。音也、指揮は頼みますよ」 「もっちろん〜!任せて任せてー」 「…本当に大丈夫ですか?」 座った椅子をクルクル回して落ち着きのない音也に呆れていると、音也の隣の席に座る白石さんが視界に入った。何を考えているのか、ペンを持ったまま窓の外をボーッと眺めている。音也やレンはともかく、普段は集中力の高い彼女からはあまり想像出来ない姿に、違和感を覚えた。 「白石さ─「白石」 私が名を呼ぶ前に、ホワイトボードの書記を務めていた皇さんが遮るように白石さんを呼んだ。驚いたように少しだけ肩を揺らしてすぐ、彼女は皇さんの顔を見た。 「す、皇君…なに?」 「話、聞いていなかっただろう。上の空だった」 「あ、ごめんなさい…ちょっと、考えごとしちゃって」 へら、と笑う彼女はどことなくいつもと違う雰囲気だった。皇さんも同じことを思ったのか「疲れているのか」と気遣う。 「全然!本当に大丈夫だから」 「それなら良いですが…では話を続けましょう」 姿勢を正しペンを握り直した白石さんは、いつもの落ち着いた彼女に戻った。それからは特に滞りなく体育祭前最後の会議が終わる。 会議室の片付けは当番制だ。今日は私と皇さんの当番だった。ガタガタと椅子を引く音と仕舞う音が響いてから、各自生徒会室へと戻っていく。聖川さんとレンが言い合いをしながら、何だかんだ一緒に部屋を出ていくのも、いつもの光景だ。 やはり、どうしても気になるのは白石さんの様子。体調でも悪いのでしょうか。現に今、筆箱にペンを収納している彼女の動きも、どこかぎこちない。 一歩近付き今度こそ話しかけようとすると── 「白石さ…「紬先輩!一緒に戻りましょう」 「あぁ…うん」 瑛二に促され席を立った白石さんに気付かれぬよう、一歩下がって何食わぬ顔をする。そんな演技をする私に気付くことなく、白石さんは瑛二と共に会議室を出て行った。 「一ノ瀬」 「は、はい」 「まだ雑務が残っているだろう。急いで片付けて早めに生徒会室に戻ろう」 「そう、ですね…」 不振な動きをしていた私は、皇さんの正論で我に返る。結局白石さんに何も聞けないままなのは気がかりだが体育祭も近い、今はこちらに集中をしなければ…と、彼と一緒に片付けに取りかかった。 「……」 「……」 いつもならレンや聖川さんが話題を振り、自然に会話が生まれるのですが…今日に限って二人とも居ない。白石さんも瑛二も居ない。 「(苦手という訳では、断じてありませんが…)」 あまり自分の事を話したがらない彼の事を、私は実はほとんど何も知らないのだと実感した。悪い人ではない、むしろ真面目で信頼出来るメンバーだ。しかし…いざこうなると、何の話題を降れば良いのか全く分からなかった。 今冷静に思えば、同じ生徒会とはいえ皇さんと二人きりになるのは初めてかもしれない。ちらりと彼に視線を送るが、皇さんは黙々と片付けを進めている。 「……」 「……」 …気まずい。お互い口が達者な方では無いからか、会話もなくただ沈黙が流れる。彼に倣い、私もいそいそとテーブルの上の荷物を回収した。 「…白石は」 「え?」 「白石は、一ノ瀬の目から見てどうだろうか」 沈黙を破ったのは以外にも皇さんだった。視線を上げてその顔を見るが、表情は一切変わらない。黄色い美しい目はホワイトボードにあり、手元は手際よくボードに書かれた文字を消している。 「とてもよく頑張ってくれていると思います。しっかりしていますし仕事も丁寧で…頼りにしていますが」 「…そうか。なら良かった」 普段からポーカーフェイスな彼の口元が、緩やかな弧を描いたのを見逃さなかった。 皇さんと白石さんは同郷で、中学からの仲だと聞いている。そのせいなのか違うのか、やたらと皇さんが彼女を気にかけているのが以前からずっと気になっていた。 「そういえば、まだ聞いていませんでしたね」 「何がだ?」 「皇さんが、白石さんを副会長に推薦した理由」 ホワイトボードのクリーナーを持っていた皇さんの手が止まった。何か考え込んでいるのか、再び沈黙が訪れる。 「…じきに分かる」 視線を移し、私の目を見て皇さんは答えた。詳しく理由を聞こうとしたところで「ゴメン!忘れ物した!」という音也の声と共に会議室のドアが開き、会話はそこで打ち切られてしまった。 「(読めない人だな…)」 結局、釈然としない答えを聞いただけだった。少しも表情を崩さない寡黙な彼は、決して悪い印象は無いのだが…どうも謎が多い。 もう少し心を開いてくれても…と思うがそれは自分も同じと気付く。次の機会までに話題のひとつでも用意しておこうと、心に決めた。 |