Tell fortunes

今年の始まりは、厳しい寒波と共にやってきた。冷たい風に身体を縮めて、昨年買ったロングブーツで歩く。神社の境内は砂利で凸凹しているから、ローヒールの靴で来て良かった。

お債権箱に五円玉を入れ、二礼二拍手一礼。今年の平穏を心から神様に願う。


「うー、やっぱ人多過ぎる」

大して有名でもない、近所の小さな神社ならそこまで混雑しないだろうと思って、油断した私が馬鹿だった。

人の間を縫うように歩き、何とか少し落ち着けるひらけた場所まで辿り着く。お守りも納めたし…あとはおみくじだけ引いて帰ろう。何と言ってもここのおみくじはよく当たるのだ。今年の運を占うために、これは絶対に引いて帰りたい。暖かいこたつから脱出して、わざわざ元旦からここに来たのも、このおみくじを引くためなんだから。


律儀に行列に並んで、カラカラと音を立てて箱を振る。受け取ったおみくじはすぐには開かずに、人混みから外れてから深呼吸をして。


「…よし!今年こそは!」


閉じた目を開くと同時に、薄い紙を勢い良く開いた。





「小吉」

んもう!また微妙なやつじゃん!!せっかくお正月からわざわざ来て、行列に並んでまで引いたのにっ…!

小吉なんて、笑いのネタにもならない。いっそ凶だったら私も大笑い出来るのに。がっくしと肩を落として、その場に立ちすくんだまま私はおみくじの文字を目で追った。仕事運は…悪くはなさそうだけど…健康運をはじめ他の項目は微妙な言葉が羅列されている。し、小吉…なら…こんなものなのだろうか。新年早々、先行きが不安になる。

そして気になる恋愛運はと言うと。


「努力をすれば、実るでしょう」


…何このまたもや曖昧な感じ!
叶うのか叶わないのか…占いならばはっきり示して欲しい。それに努力って言ったって…何をどう頑張れば良いの?もう少し、具体的なアドバイスが欲しいものだ。



「はぁ…今年も神頼みは期待出来そうにないな…」

肝心の想い人と私の関係は、事務所内の売れっ子アイドルとしがない事務員。接点もそれくらいで、辛うじて顔と名前は一応知られているかな?レベルだ。そんな私が彼とお近付きになるには、努力どうこうより、神様に頼るしか方法がないのだ。だって、

あまりに遠い存在なのだから。




「…みょうじさんですか?」

おみくじを開いたままぼーっと突っ立っていると、後ろから透き通った綺麗な声が聞こえて心臓を鷲掴みにされる。だってその声の主は、まさに私の想い人、その人だったのだから。


「いっち…のせ、さん…!」

驚き過ぎてしどろもどろになる私に、私の想い人…もとい一ノ瀬さんはにこりと笑った。マフラーを口元まで巻いて、ニットの黒い帽子を被っている。わ…こんなカジュアルな服も着るんだ…かっこいい…!なんて見とれている場合ではない。


「何故みょうじさんはここに?」
「近くに住んでるので初詣に…って、こっちのセリフです!一ノ瀬さんお仕事あるんじゃ…」
「さすがに元旦は休みたいですよ。…と言いたいところですが夜からは仕事です」


昨夜は遅かったので今日の入りは夕方からと配慮してくれたんです、と一ノ瀬さんは話した。

そうだよね、年越しライブやってたし…まさにテレビ中継見ていたからよく知っている。チケットの争奪戦に敗れ、泣く泣く現地を諦めたのはここだけの秘密にしたい。



「私もこの辺りなんですよ、自宅」
「…え?」
「実はみょうじさんの家が近いことは以前から知っていました。何度かお見かけたした事があります。スーパーやドラッグストアや…あぁ、あと一丁目のコンビニにもいらっしゃいましたね」


家が近所だと言う事実に対する喜びより、無防備な姿を見られていた恥ずかしさが勝った。一丁目のコンビニ…マンションから近いからと油断してすっぴんスウェット姿でいつも行ってるのですが…!それも見られていたって事だよね!?


さ、

最悪じゃん…。



「左様でゴザイマスカ…」
「おみくじ引かれたのですね、結果は如何でした?」
「最悪です…」
「?」


新年早々一ノ瀬さんと会えて、最高かと思ったのに…。普段着を見られるとは不覚だった…さよなら私の淡い恋よ…。



「『努力をすれば、実るでしょう』」
「へっ!?」
「恋愛運の欄に、そう書いてありませんでしたか?」
「えっえっ?なんで知って…!」
「すみません、後ろから少し見えてしまいました」


そんなに簡単に見えるものなのか、疑いはあった。だって紙は小さいし字だってもっと小さい。まるで、一ノ瀬さんは…私の全てを知っているみたいだ。私になんて興味ないはずなのに。


「あ、あの…」
「…ふふっ」
「う、え!?」

笑った!あの憧れの一ノ瀬さんが私に笑いかけた!うわああ…間近で見る笑顔かっこよすぎる…!素っ頓狂な声を出した私が可笑しかったらしく、一ノ瀬さんは口元に拳を当てて笑いを堪えている。


「からかい過ぎましたかね。あまりにボリュームのある独り言だったものですから」
「あ、あの…もしかして…全部聞いてました?」
「えぇ」

確かにおみくじを広げながらブツブツ言っていた自覚はある。一ノ瀬さんが声をかけてくれる少し前だ。これで一ノ瀬さんが私のおみくじの内容を知っていることに合点がいった。独り言を聞かれていたのはそれはそれで恥ずかしすぎるけど…!


「小吉だからと、あまり気になさらない方が良いですよ。たかが占いですから」
「そ、ですかね…」
「今年は良い年になると良いですね。ではみょうじさん、また」


一ノ瀬さんが背を向けた瞬間…強い風が吹いて私の身体に刺さった。目の前の一ノ瀬さんのマフラーの裾も大きく舞う。それを立ち止まって直す、一ノ瀬さんの後ろ姿。


「(努力をすればって…今のことじゃない?)」


その風が…神様が、私の背中を押してくれているような気がして。



「あの、一ノ瀬さん!」

自分でも驚くくらい大きな声が出た。
私の声で、一ノ瀬さんが私の方を振り返る。


たかが占いかもしれない、小吉かもしれない。
だけど良いんだ。今の私に必要なのはきっと運とかじゃなくて…

ほんの少しの、勇気だと思うから。


「もし良かったら、このあと…少しだけお茶しませんか…?」
「……」
「そこの交差点の先に、小さいけどコーヒーが美味しい喫茶店がありまして…って、一ノ瀬さんも知ってるかもですけども!」


ぺらぺらと自然に動く口に、今は全てを委ねた。
どうせこの機会を逃したら何も接点のない、ただ同じ事務所の人間という薄い関係に戻ってしまうんだ。こうなったら、当たって砕けろだ…!


何も言わない一ノ瀬さんの反応が怖くて、ギュッと拳を握って足元の砂利を見つめた。

すると視界に入ってくる、革靴を履いた足。それは紛れもなく一ノ瀬さんのもので。


驚いて顔を上げると、想像よりもずっと近くに一ノ瀬さんの姿があった。


「お誘いありがとうございます。是非」
「え…」
「この先は人が多いですから…お手をどうぞ」


綺麗な一ノ瀬さんの手が、そっと差し伸べられた。手を取ってよいものかオドオドしていると、痺れを切らしたのか一ノ瀬さんがちょっとだけ強引に私の手を繋いだ。


誘いを了承してくれただけでも舞い上がりそうなほど嬉しいのに、まさかの手繋ぎというオプション付きだとは。私の手、冷たくないだろうか。一ノ瀬さんの手は、想像よりもずっと滑らかで温かくて…私よりもずっと大きかった。


「あ、の…」
「何故私が元日からわざわざここへ来たのか」
「え…」
「少しは想像して頂きたいものですね。…では行きましょう、なまえさん」



繋がれた手が引かれ、足元の砂利が音を立てた。小吉から始まった私の一年は…どうやら早速、幸運に恵まれてしまったようである。


逸る気持ちを抑えて繋がれた手をじっと見つめていると、一ノ瀬さんが美しすぎる笑顔で私の顔を覗き込んでくるものだから…まるでそれが夢のようで。

手にぎゅっと力を入れて、これが初夢でないことをただひたすらに願った。


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