君はどうかしている (前編)

「レンくん」
「……」
「好き」
「そういう事は、気軽に言うものじゃないよレディ」
「【愛の伝道師神宮寺レン】だけには言われたくないよね」

ここは男子寮だと言うのに勝手に部屋に上がり込み、勝手にベッドに座ってクッションを抱きしめる彼女を一瞥する。

あまり無下には出来ないと思いつつ、正直困っている。あまりにこう、ストレートに愛情表現されるとね。とりあえずここは引いてもらおうと思い、髪を撫でて「また明日ね?」なんて優しく囁いてみるが、彼女はそこを退こうとはしなかった。

「だって、明日絶対会えるかなんて分からないじゃない」
「うーん、けど」
「とりあえず別の部屋で話をしてくれないだろうか」

言葉を遮るように放たれた、聖川の一言に内心安堵する。いつもより低く聞こえた聖川の声に彼女──なまえも気まずそうに肩をすぼめた。


「ごめんなさい聖川くん。だってレンくんが私とデートしてくれないんだもん」
「オレは追いかけられるより、追いかける方が好きなんだけどね」
「うそ。だって他の女の子とはたくさん遊んでるの知ってるよ」
「人聞きが悪いねぇ、まったく……」
「冗談。これ以上居ると聖川くんにまた怒られるから今日は帰るね」

何故か楽しそうに、そう笑った彼女はぴょん、と音が出そうなくらい勢い良く立ち上がった。


「バイバイ。また明日ね」

ドアに手をかけながら、もう一度こちらを振り返って手を振ったなまえにとりあえず挨拶だけ返す。閉じたドアを確認してから大袈裟に髪をかきあげた。

「ふぅ、」


第一印象は、ちょっと変わった子。後から同じクラスの聖川に聞いたところ、普段からクラスメイト…特に女子とはつるまず、割と一人でいることが多いようだ。彼女との出会いは4月…昼休みに一人で退屈そうにしていたから、大丈夫かと声をかけてみたら、案の定オレの事を気に入ってくれたようだ。それが、始まりだった。


好いてくれるのは構わないのだが、その後彼女…なまえはやたらとオレに付き纏ってくる。


オレの周りのいつものレディ達は、暗黙の了解でデートに誘うのを順番にしたり、忙しい時は声をかけるのを控えたり、そういう女の子が多かった。ここまで……悪い言い方だけど、しつこい女の子は実のところ珍しかった。


【一緒に居たい時だけ、一緒に居る】

そういう都合の良い関係が、お互い一番楽だと言うのに。



「全く、いい迷惑だ」
「その言葉はオレに対して?それともなまえに対して?」
「両方だ」


急須で茶を入れながら聖川が呆れたように呟いた。律儀にオレの分の湯呑みを差し出してくれたから、ありがたくそれを啜る。珍しい事もあるものだな、なんて思った。



「だが珍しいな……お前は来る者拒まず、去るもの追わず、な精神だと思っていたが」
「そうだよ、お前の言う通り」
「それなら何故?」

オレをじっと見つめる聖川から目を逸らしながら、湯呑みをテーブルにそっと置いた。


「なまえは純粋で真っ直ぐな目で、オレを見るんだ」
「……は?」
「まるでお前みたいにね。純粋で素直な子だっていうのが分かるから…一緒に居ると少し息苦しいんだ」


オレみたいな人間が彼女と遊んで汚したら悪いだろう?そう言ったら、聖川は「よく分からんな」と返してまた湯呑みを口まで運んだ。



「もしかして、レディの事が気になってたりする?」
「馬鹿者、そんな訳なかろう。そもそもここは恋愛禁止だ」
「はいはい、そうだったね」


恋愛禁止の校則。それはもちろん分かっているし、当然彼女も知っているはずだ。それなのに何故こんなにもオレにこだわるのだろう。


なまえは学園の中で見ても美人だと思うし、成績も良いと聞いた。その気になれば男なんて選び放題なはず。もっと誠実で、真面目な良い男をすぐ落とせるだろう。それなのに、こんな不真面目な奴を好きになるなんてね。


本当、彼女はどうかしている。









────

「SNSってこえーよな」
「急にどうしたんです」

スマホに指を滑らせながら呟いた声に、イッチーとほぼ同時におチビちゃんの顔を見た。個人的にそう言った類のものには興味がないせいか、見せてくれた画面が珍しくなりつい覗き込んだ。



「Aクラスのみょうじって分かる?」


よく知っている名前に心臓が鳴った。そして画面に現れた画像と言葉に、目を見開く。




【早乙女学園の現役生に、元カレ発覚w】
【アイドル候補生にこれはまずい】
【ビッチがアイドル目指しちゃいかんでしょ】


彼女を卑下したような言葉と共に、載せられていた数枚の写真。
それは全て、知らない男となまえとのツーショットだった。仲睦まじく頬を寄せ合っている写真や、キスをしているものまである。


……不愉快だ。それはなまえに対しても写真に写る男にでもなく、

こうして人の過去のプライベートを晒すような輩が。



「……過去の恋愛なら不問なのでは?」
「俺もそう思うけどよ、ただ学校中の噂になっちまって…みょうじは今、学園長に呼び出されてるらしいぜ」
「早乙女さんの事ですから退学案件にはしないでしょう、彼女、優秀なようですし…レン?どうしました?」


イッチーの言葉に、はっと目を開く。なまえの事ばかりを考えていたら、黙り込んでしまっていたようだ。何でもないよ、と一言返して立ち上がり、窓から校庭を眺めた。彼女は……なまえは、なまえ自身の気持ちは大丈夫なのか。




「けどさー、自業自得だよね」


教室に響いた声に、身体が硬直する。ゆっくりと振り返ると、俺達の席のすぐ近くで女子が輪になって高い声を上げて笑っていた。


「私、前からあの子嫌いだったんだよねー。ずっとレン様に付き纏ってた奴でしょ?Aクラスのくせに!」
「ねー!やっぱり前から遊び人みたいだったし?サイテー」
「ビッチがアイドルになろうだなんて今更。マジでウケる」


「さっさと退学すればいいのに、あんな女!」





───パリン!

窓ガラスが割れる音と共に、教室が静寂に包まれた。右手の拳が、痛む。

「レ、レン……?」
「レン様……」

何も言わずに冷ややかな目で彼女達を睨むと、全員の顔が一気に青ざめた。心配そうにあたふたするおチビちゃんの横を通り過ぎて、教室の出口へと向かう。


「レン、どうしたんです」
「……いや、」
「あなたらしくありませんね」

冷静なイッチーの声にそうだね、と一言返してオレは教室を後にした。






冷たい廊下を一人で歩く。ポケットから取り出したスマホの画面を開いて、みょうじなまえの電話番号を表示した。


「(一体何をしようとしているんだオレは、)」


勝手に登録された彼女の電話番号。
かかってくることは何度もあっても、自分からかけたことは無い数字の羅列をじっと見つめる。

結局何もせずに画面を消して、廊下から外を眺めた。



自分には関係ない。
むしろなまえが居なくなれば静かになって良いじゃないか。さっきのレディ達にも、いつもの俺のように真摯に謝れば良い……そうすれば元通りの日常だ。

らしくない、イッチーに言われた言葉がやけに耳につく。




『レンくん、好きだよ』

「どうかしているのは、オレの方…か」


らしくもなく今更なまえの姿ばかり思い浮かべる自分に嫌気が差して、オレはまた大きく髪をかきあげた。



前 / 次
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -