last act.

あれから一年の歳月が経った。


久しぶりの一日オフ。せっかくだからウインドウショッピングを楽しもうと、私はアパレルショップを巡っていた。あ、このカーディガン可愛いな…なんて思い手に取っていると、私のすぐ後ろから女子高生と思われる女の子の会話が耳に入った。


「みょうじなまえちゃんホント可愛いー!このワンピース、雑誌でなまえちゃんが着てるの見て、同じの欲しかったんだ〜!」
「新しい連ドラ見た!?月9の主演なんてすごいよね」


本当は今すぐにでも振り返って「応援してくれてありがとう」って伝えたいけど…騒ぎになりかねないから今日のところは我慢しよう。被っていたキャップを目深に被り直してそっと店を出た。うーん…やっぱり買い物はネットじゃないと難しいかな…。




この一年で、私の女優生活は激変した。きっかけは間違いなく、黒田監督の映画だった。嬉しいことに映画は大ヒット、私にも仕事のオファーが絶えないようになって、事務所も存続の危機を乗り越えた訳だ。


そして変わるきっかけをくれた、あの人と私の関係はと言うと───












「いらっしゃい、トキヤくん」
「お邪魔します」


自宅のドアを開けて、彼を招き入れる。慣れたように私の後ろについてリビングへと向かうトキヤくんを家に呼ぶのは、もう何度目だろうか。
お互い有名になってしまった今、会うのはほとんど自宅になってしまっている。


「(一年前の私が知ったら、驚くだろうな)」
「なまえさん、グラスをお借りしても良いですか?」
「ん?良いけど…」
「一緒に飲みましょう」


そう言ってトキヤくんは細長い紙袋から、ワインのボトルを取り出した。あまり詳しくはないけど、きっと高い銘柄のだ…。いつも手土産は大丈夫、と言っているのに、今日はいつもに増して贅沢だ。この辺りの感覚は売れていない頃から私はほとんど変わっていないから、トキヤくんとの感覚の差に驚いてしまうことは度々あった。


「た、高かったでしょ」
「いえ。今日はお祝いですから」
「お祝い?」
「映画祭主演女優賞、おめでとうございます」

にこ、と穏やかな笑顔。トキヤくんがとびきりのお土産を持ってきてくれた理由が分かって、その気遣いに胸がきゅんとする。


「おつまみ作るね」
「あぁ、すみません。手伝いますよ」
「いいのいいの!座ってて!」



つい先日行われた、国内有数の映画祭の表彰式。そこで私は主演女優賞、トキヤくんは助演男優賞を受賞した。加えて監督賞と作品賞…私達の映画は見事四冠を達成した。

噂通り、黒田監督はものすごく厳しかった。実際撮影中は何度も挫けそうになった。けれど乗り越えることが出来たのは自分の女優としてのプライドと、傍で一緒に頑張ってくれる人がいたからだ。

トキヤくんが、いてくれたから──。









「んーっ!美味しい!」

口の中と喉に広がる、ワインの香り。ソファに二人で座り、目の前のローテーブルには手作りのおつまみを並べた。

なんてことない、こんな平穏で穏やかな時間が、日頃の疲れを癒してくれる。



「そういえばなまえさんの因縁のあのプロデューサーですが」
「因縁言うな」
「数々の問題行動がバレて、局を退職させられた様ですよ」


トキヤくんの話によると、私以外の女優と散々寝ていた事や、出演タレントへのパワハラやセクハラを内部の誰かが週刊誌にリークしたらしい。それで最終的にテレビ局をクビになったとの話だ。これだけ問題を起こしていたら、もうあの男はこの業界では生きていけないだろう。


「ふーん…ざまぁみろって感じね」
「まぁ…私となまえさんを引き合わせてくれた人物ですから、私はある意味感謝していますけどね」


ワイングラスをテーブルに置いた途端、手をそっと握られる。上目でトキヤくんの顔を見るより先に、自然に押し倒されて視界が反転した。



「と、トキヤくん…酔ってる?」
「そんなはずないでしょう。これくらいでは酔いませんよ」
「で、でしょうね…」

視線を逸らそうとすると、顔に手を添えられて強引に目を合わせられる。じっと見つめられて、まるで魔法がかかったように動けなくて。

私が抵抗しないと理解したトキヤくんの手が、私の髪を滑った。そのまま頭を抱えられて唇が重なった。


「んっ…」
「……」
「あの、トキヤく…ぁっ、」


甘い甘い、キス。舌を優しく吸われると、ほんのりアルコールの味がした。
離れようとしても、離してくれない。その強引さにもだいぶ慣れてきて、息継ぎもすっかり上手に出来るようになった。

ようやく仕事で肩を並べることが出来たのに。こういう空気になると、私はトキヤくんには敵わなくなる。



「今夜、泊まっても良いですか?」


音を立てて唇が離れ、だけどまたすぐに触れそうな距離でそっと囁かれた。



「…この時間に来たってことは、最初からそのつもりなんでしょ」


可愛くない返事をして、私はトキヤくんの首に腕を回す。そして今度はトキヤくんを引き寄せて、自分からその唇にキスをした。

自分からキスしたくせに恥ずかしくてトキヤくんから目を逸らすと、棚に飾ってあるDVDが目に入った。ひとつは私達が出演した映画、もうひとつは私が子役として出たドラマのもの。…あれが、トキヤくんと私を出会わせてくれた。


「久々に観ますか?」

私の視線に気付いたトキヤくんが、私の目を見ながらそう尋ねる。一緒に観ながら、昔話に花を咲かせるのも楽しいかもしれない。

けど、


「こっちが、終わってからが良いな」
「こっちとは?」
「と、トキヤくんとの…いちゃいちゃ?」
「まったく、あなたには勝てませんね」
「こっちのセリフだよ」
「愛しています、なまえさん」
「うん、私も──」


私を見つけてくれてありがとう、トキヤくん。

何度も助けてくれて、私に憧れてくれたこの人は、いつの間にか私にとっても、誰よりも大切な存在になっていた。


愛してるよ、
そう心でそっと唱えながら、私は全身に降る唇を受け止めた。



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