「那月と別れろ」
「……え?」
「そして二度と近付くな」


時が止まったように、一瞬で空気が凍りつく。目の前にある瞳は、いつものように穏やかではない。睨むようにこちらに光を放っている。


「嫌だよ、どうして」
「理由はお前が一番よく分かってんだろ」
「……あのね砂月くん」

崩していた足を正座にして、姿勢を正した。私の手には彼の眼鏡が握られている。私が自ら、うたた寝をしていた那月くんから取ったもの。翔ちゃんが知ったら怒るかな、怒られるだろうな。那月くんと違って横暴で気が荒い彼の事を、わざわざ呼び出す人間なんてきっと私くらいだろう。


「私は、」
「那月が気付いてないとでも思ったか」
「……」
「アイツは人一倍敏感なんだ。だからずっと気付いてた、お前の気持ちにも…!」

砂月くんの顔が苦しそうに歪んだ。その表情を見て、私の心も痛む。正座した膝の上に拳を握って、ぎゅっと力を入れた。


「分かってる」
「最低だな、お前は」
「お前じゃない、なまえだよ」
「………」
「ちゃんと名前で呼んでよ、砂月くん…」

怖くて声が震えるけど、ちゃんと想いを伝えたくて私は彼をじっと見つめた。

そう、私は那月くんと所謂恋人関係だ。
もちろん、優しくていつも温かい那月くんの事は大好きだ。だけど同じくらい、彼のもうひとつの人格をも愛するようになってしまったのだ。
冷たくて、薄情で、だけど優しい砂月くんのことを。


砂月くんは、那月くんであって、そうではない。
同一人物であり、違う存在。

そんな二人を「別の男の子」として好きになってしまった私。傍から見たらなんて可笑しな女だろうと思う。

だから、

「私だって…!初めは隠そうとしたよ!那月くんを傷付けたくなかったから…だけど、その思いと同じくらい、砂月くんのことも好きになっちゃったの!」
「……」
「変なのは、自分が一番よく分かってる…けど、」
「何だよそれ」


張りあげた私の声とは対照的に、心の底から呆れたような砂月くんの声が部屋に響いた。それがまた悔しくて。

泣きそうになる顔を見られたくなくて、ひたすら俯いて正座した自分の太腿を見つめた。



「砂月くんは、私が嫌い……?」


情けないくらい、声が震える。
返ってくる答えが怖くて、仕方がない。「私は好きだよ」って、そう、もう一度伝えたかったけど、その言葉も飲み込んでしまった。



「那月を傷付ける奴は、誰であろうと許さない」


正論だ。
私は那月くんが気付いていることも知っていた。それを知った那月くんは、さぞかし傷付いた事だろう。だけど私は、分かっていても諦められない気持ちがあると知ってしまった。だから引けない、だから砂月くんとも、那月くんともきちんと話す必要があると思ったの。



「お前がそれでも構わないって言うなら…勝手にしろ」


冷たく、突き放すような口調と言葉。
恐らく本心なのだろう。

私の決意も虚しく、ちらりと上げた視線が砂月くんのそれと絡むことはなかった。



「……わかった」


そう小さく答えた私は、握っていた眼鏡をそっと砂月くんに掛けた。しばらくしてから、ゆっくりと開く綺麗な瞳。その目は私の姿を確認した後に、驚いたように大きくなった。



「なまえちゃん……」
「なつき…く、」
「どうしたの?怖い夢でも見ましたか?」


堪えきれず、いつの間にか泣いていたのだろう。視界がぼやけて那月くんの顔がよく見えない。拳で目元を擦って顔を上げたら、動揺したように揺れる那月くんの瞳と目が合って、心がまたずきんと痛んだ。
それを紛らわすように、私は那月くんの広い胸に飛び込んだ。



「夢だったら、良かったのになぁ…」


私はなんて、ずるい女だ。
こんなの、那月くんにも砂月くんにも嫌われても何も言えない。


「大丈夫、大丈夫ですよぉ」


それなのに那月くんは大きな手で私の頭を撫でてくるから、大声を出して子供のように泣きじゃくりたくなる。けど私にはそんな資格はないから、溢れる涙を誤魔化すように、慌てて鼻を啜った。






かくし切れない想い
(二人とも大好きな私は、罪深い)



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