ずっと傍にいてくれると思っていた人が突然いなくなると、人は物凄く気が動転するんだという事を、生まれて初めて知った。
セシルが突然アグナパレスから居なくなった。
幼なじみで、ずっと隣に居たはずの、私に何も言わずに。
「お嬢様!落ち着いてください!」
「嫌よ!私も日本へ行く!」
「行ってどうするのですか」
「連れて帰るに決まってるでしょ!」
大きな旅行バッグに雑に荷物を詰め込みながら、私は声を荒らげた。周りの付き人達はてんやわんやだ。セシルが居なくなった時でも、こんなに混乱はしなかった。否、みんな知ってたんだ……私以外は。
彼が、この国を旅立つことを。
「お嬢様」
「……」
「王子はとても後悔されてましたよ。あなたに何も言わず、ここを離れることを」
何よ。それなら…それなら言ってくれれば良かったじゃない、セシルのばか。
なんなら日本にでも何処へでも、私は一緒について行ったのに。
「お嬢様に心配をかけたくなかったのでしょう」
私の気持ちを察したかのように、セシルの付き人はそう言って私の肩を叩いた。だけど……それでもどうしても、私は納得が出来なくて──
────
「……来ちゃった」
国の皆の反対を押し切って、私は一人この異国の地にやって来てしまった。
さてどうやってセシルを探そうか……頭を悩ませる間もなく、彼はあっさりと見つかった。
なんと、いつの間にやらこの日本で「アイドル」とやらになっているらしい。
至る所に展示されているポスター、宿泊したホテルで見たテレビで流れるCM……インターネットとやらで検索をしてみれば何枚も写真が出てくるから驚きだ。
そこからの行動は早かった。
とにかくセシルに接触したいけど、彼はこの国で想像以上に有名になってしまっており、簡単には会えなかった。
最初はとにかく、ひたすら調べた。そして数ヶ月という長い日数をかけて、セシルのいるアイドルグループのライブチケット(すたーりっしゅと言うらしい)を手に入れた。
そして───
「お待たせしました、マイプリンセス!」
キラキラと輝く彼の姿を、目の当たりにしてしまったんだ。
真っ暗な会場に、黄緑色のペンライトが揺れている。目の前に繰り広げられる光景が、にわかに信じられなかった。
大歓声が上がる中、私は何も反応出来ずただセシルの笑顔を眺めるしか出来なかったんだ。
明るい音楽に乗せて、セシルはマイクを持ちながら華麗にステージで舞っている。その笑顔は、私が今まで一度たりとも見たことがない表情だった。
「……なんだ」
日本で楽しくやってるんじゃない。
私の事なんて、国の事なんて……もう彼は忘れてしまったのだろうか。
眩しすぎるステージが、歪んでいく。いつの間にか、情けないくらいに涙が零れていた。
もうここには居られない──そう思って出口へ向かおうとした瞬間、
「セシル…」
ステージの上の彼と目が合った、気がした。
驚いたように目を開いた彼は、こちらに手を伸ばした。まるで、私を捕まえるかのように。その仕草に嬉しそうに歓声を上げる周りの女の子達の影に隠れて、私は会場を後にした。
「セシル!どうしたの!?」
「なまえ…なまえ……!」
「そっちは出口だぞ愛島!」
「セシル!良いから落ち着けって!」
「なまえが居たんです!見ていたんです!なまえ…なまえはどこですか!?」
今、会ったら要らぬ事をたくさん言ってしまう気がした。それに、あんなに輝くセシルを連れ戻すだなんて、今の私には……いやきっと、もう二度と出来そうもない。
だから──
「(待ってて)」
心からセシルを応援出来る、そういう気持ちに私がなれたら──また会いに来ることに決めた。
今の私には、彼に会う資格なんてない、そう思ったから。
いつかまた逢う日まで
(私が強くなれるまで待ってて)