人の運命は、生まれた時から決められている。誰が言った言葉か知らないけれど、上手く言ったものだ。見事に的を射ている。

地元では有名な地主の家に生まれた。生まれてこの方何一つ不自由をしたことはない。欲しいものは何でも買ってもらえた。こんなに裕福な家に生まれて、私はなんて幸せなんだろうって思った。


それに、ちゃんと恋もした。
親同士が知り合いで、出会った同じ歳の男の子。彼は私の家よりも、さらに多くの資産を持つ財閥の嫡男で、小さな頃からそういう類の集まりではいつも一緒だった。昔から互いによく知る仲。友達も少なく、狭い私の社会の中でも、真斗くんだけは私が信頼出来る唯一の人だった。そして私達は、一緒に歳を重ねた。



私はきっと、将来親に決められた男性と結婚するのだろう。だけどそれが、もしも彼……真斗くんだったら。私は何一つ不満も言わずに、喜んでその手を取ろうと思う。

少なくとも、真斗くんからも嫌われていない自信はあった。それに真斗くんが聖川家を大切にしている事も知っていた。だからお父様の反対を押し切って、東京へ行くなんて聞いた時は、心の底から驚いたんだ。

それだけではない。
それだけでは……なく、


「なまえ。俺は今後一生を賭けて芸能の道を進んで行こうと思う」
「な、んで……」
「父上にはもう、聖川家の敷居を跨ぐなと勘当されてしまった」

もう二度と、京都の実家に戻ることはないだろう。
真斗くんは悲しそうな顔をして、そう言った。
突然やって来た、別れ。私はその手を引き止めることも出来ず、真斗くんは私の前から居なくなってしまった。






「なまえお嬢様」
「入って」
「はい、失礼致します。明日のご縁談用に、いくつかお着物をお持ちしました」
「明日の朝までに選んでおくわ。適当に置いておいて」
「かしこまりました。それでは、おやすみなさいませ」


丁寧に襖を閉める付き人にお礼だけ伝えて、私は並べてある美しい着物を眺めた。
赤、緑、黄色……色とりどりの、綺麗な着物たち。どれも上質で、私でも滅多に着ることもないくらい高価なものだ。恐らく、取っておきのものを両親が用意してくれたのだろう。

そう。私は明日、自分よりも一回り以上年上の男性とお見合いをする。


明日初めて会うけれど、もう婚約は決められたようなものだ。お父様から告げられた、「お前は嫁に行くのだ」と。
あぁ、運命は残酷だと思った。


私は真斗くんみたいに、自分の本当にやりたい事を貫く勇気も、家を離れる勇気もない。
私はこのみょうじという家の「しがらみ」に囚われながら、一生を生きていくのだろう。



「…これにしようかな」

数ある着物の中から私が手に取ったのは、真斗くんの髪色に良く似た群青色の着物だった。
大人っぽい色だけど、お相手は私より年上の方…このくらい背伸びした方が良いだろう。


丁寧に畳んで、枕元に置く。明日は朝早くから身支度をしなければいけない、早く眠らないと……そう思って布団に潜り込むのに、明日自分の将来が決まってしまうと思うと、どうも寝付けなかった。


瞬きを繰り返していると、暗がりの中、ふと突然サイレントモードにしていたスマホの画面が点灯した事に気が付いた。
起き上がってスマホの画面を確認する。久しぶりに表示された名前に、どくんと心臓が音を立てた。
軽く咳払いをしてから、震える指で応答ボタンをタップした。


「もしもし…真斗くん……?」
「なまえか?夜分遅くにすまない。眠っていたか?」
「う、ううん!全然大丈夫!」


耳元のそのテノールの声に、ドキドキする。こうして話すのは何年ぶりだろうか。突然の真斗くんからの着信に驚きながらも、私は束の間の幸せを感じていた。誰かのものになってしまう、その前にこうして真斗くんの声が聞けた。



「……少し、聞きたいことがあってな」
「うん、なぁに?」
「その…風の噂で聞いたのだが。なまえが、明日、……縁談をすると」


自分から切り出そうと思っていた話題は、思いもよらず彼から振られた。スマホを持つ手が震える。夢のような幸せな時間が、一気に現実に引き戻される感覚がした。小さな声でうん、と。そう答えるのが今の私の精一杯だった。



「お前は本当にそれで良いのか?」
「な、んで……」
「親に決められた相手と結婚し、家に一生縛られ……そうしてこれからも生きていくのか?」

厳しい言葉に、鼻の奥がツンと痛くなった。
分からない、真斗くんになんか分からないよ。
自分で一歩踏み出して、自由の身になれた真斗くんには、私の気持ちなんてきっと分からない。



「そんなの、やだよ……でもしょうがないじゃない!」

つい、大きな声を出してしまう。分かってる、真斗くんに八つ当たりしたってどうしようもない事くらい。私に反して、電話越しの真斗くんは、何も言わない。それが余計に悔しかった。


「そう言うならっ…今すぐここから連れ出してよ!」





『無論、そのつもりだ』

電話の声と重なって、外から声が聞こえた気がした。月明かりに照らされて、障子の向こう側にうっすら影が見えた。

恐る恐る開けて外を確認すると、縁側に立っている真斗くんの姿。


驚く私を見て微笑んだ真斗くんは、自分の耳からスマホを離した。離れたはずの、真斗くんがここに居る。その事実が飲み込めない私に、真斗くんはそっと手を差し伸べた。


「今夜ならまだ、間に合うと思った」
「真斗…く……」
「すまない。お前が誰かのものになるなど、俺が耐えられなかったんだ。なまえ、俺と一緒に東京へ帰ろう」
「だ、だめだよそんなのっ……バレたら、真斗くんだって何を言われるか……!」
「俺はもう家を出た身だ。何を言われても怖くない、これ以上失うものもない」

泣きそうになるのを必死に抑えたのに、堪え切れなくて涙が頬をぼろぼろと流れた。手を取るより先に、その胸元に飛び込んだなら、もうこの先どうなっても良いなんて思ってしまったんだ。






しがらみを乗り越えて
(あなたと結ばれたいと、切に願った)




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