「また彼氏に振られたって聞いたけど、本当?」

淡々と話す藍の言葉に一瞬パソコンを操作する手を止めたけど、すぐに何事も無かったかのように動かした。


「なに?博士から聞いたの?」
「まぁね」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「興味があるから」

興味…か。まぁ色々な事に興味を持っているのは悪い兆候ではない。それが私の色恋沙汰というのは若干気に入らないけれど、きっと藍が心身共に成長をしているという証なのだろう。


「この話は無し!はい、今日のメンテ終わったから!」

そう言って勢いよくパソコンを閉じる。藍は少し不満げな顔を浮かべてから、起き上がってシャツを羽織った。
部屋を出る藍を見送ってから、椅子に座ってデータの入力に取りかかる。今日も異常は無し…と。

毎週、かかさず行う定期メンテナンス…藍に次会えるのはまた1週間後だ。



「彼氏ねぇ…」

まぁ振られた…より、自然消滅したと言うのが正しい。研究の忙しさを理由に連絡もろくに取っていなかった相手だ。

大体、博士はいつも藍に余計な情報を吹き込む。全く…私の気持ちを知ってか知らずか、今まで博士が必ずチェックしていた定期メンテナンスまで任されるようになってしまった。




───

「ソングロボの研究…ですか」
「君の実力を見込んで推薦したいんだ。興味ないかな?」
「はぁ…」


大学の教授を通して紹介された博士の元で、研究を続けて数年が経過した。

生憎私も全く知らないどこの誰かがモデルらしいけど、完成した藍の姿は息を呑むほど美しくて、目が合った途端心臓ごと掴まれる感覚がしたのをよく覚えている。


それから藍は瞬く間に進化を遂げた。

歌を覚えて、美しい曲と出会って、仲間が増えて、色々な人と出会って。見た目も中身もみるみる成長していく。

まるで、普通の男の子のように。


そんな彼の成長を見守っているうちに、私はいつの間にか藍に「特別な感情」を抱いていることに気が付いてしまったんだ。



「なまえ」

美しいその声で名を呼ばれるのは、くすぐったいけどたまらなく嬉しい。
浮かれてはいけない。残る理性で、何度もそう自分に言い聞かす。


私は、ソングロボの研究員。
藍は、あくまで研究対象。

恋をするのは、決して許されないのだ。



「お願いがあるんだ」
「あら珍しい。どうしたの?」

それはいつもと変わらない二人きりのメンテナンスの時間の事だった。
シャツのボタンを止めながら、藍は目線を下げたまま私に向かって言葉を続けた。


「今度、二人でどこかへ出掛けたい」
「外出……?だ、誰と?」
「なまえと」
「わ、わたし!?」
「うん、ダメかな?いや、ダメと言わせないけど」
「…すでに決定事項な感じ?」
「うん」
「うーん、博士に1回聞いてみる」
「聞かなくて良いよ。邪魔されたくない」


邪魔…とはどういう事だろう。藍は何故私を誘うんだろう。疑問に思いながらパソコンの画面を覗くと、少しだけ藍の心拍数が上がっているのに気がついてしまった。その理由を考えるより先に、いつの間にか背後に立っていた藍が

「……あ、藍?」
「もうひとつ、言いたいことがあるんだけど」
「良いよ、なぁに?」

私を後ろからぎゅっと抱きしめた。


それが嬉しいはずなのに、複雑な気持ちになる。

まるで神様に見られていて、「ダメだよ」と言われている気がして。



「やっぱり言わない」
「どうして?」
「伝えたらなまえに迷惑をかけるような気がするから」


だから、私は必死に好きという気持ちを押し殺す。



「言ってよ」

自分からは言えないから、藍に言わせようとするなんて。私はなんて狡い女なんだろう。


「……後悔しない?」
「そんなの、後から考えるわ」
「ありがとう、じゃあ言うね」


藍の声が耳元に響く。
あぁダメだ、いけないと分かっているのにやっぱり止めることなんて出来やしない。



「好きだよ」


想いを口にするのがこんなに怖いことも、そしてこんなに尊いことも、私は今まで全然知らなかったんだ。





、、、好きと言えたら
(私のこの恋は許される?)



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