「……どんな反応するだろ」

いつも仕事で帰りは遅くなりがちな、アイドルの彼。待つのは慣れているけど、今日は一段とその時間が長く感じる。

恋人同士になって、時間を重ねて一緒に住むようになって、夫婦になって。出会った頃から今までの思い出を振り返ると感慨深い。


お腹にそっと手を当てながら、思い浮かべるのは音也の顔。私がこの話をした時、音也は何て言うのかな。不安に思うのかな。それとも──



「ただいまー!」

ドアが開く音と同時に、元気な音也の声が耳に届く。その声に慌てて立ち上がり、彼を迎える。


「おかえりなさい!」
「わっ!どしたのなまえ、びっくりしたじゃん」
「手を洗って、うがいして、ここに座って」
「ん?」


「大事な、話があるの」


大事な話?と眉を下げて不安そうな顔をした音也は、素直にすぐ洗面所へと向かった。遠くから聞こえる水が流れる音を聞いていると、私も変に緊張してきてしまう。




「それで話って?」

律儀に正座をして姿勢を正す音也を見て、私も床の上に同じように座る。ふぅ、と一つ息を吸って気持ちを落ち着かせてから、ゆっくり口を開いた。



「実はね、今日病院に行ってきたの」
「……え?」
「少し前から体調が悪くて…先に相談しなくてごめん。そしたら──」
「病気ってこと!?大丈夫なの!?」


いよいよ本題を切り出そうとしたら、音也が勢いよく私の両肩を掴んだ。あまりの勢いと、掴む力の強さに、こっちが怯んでしまうくらいだ。


「治療は?通院は?治る病気なの!?」
「ちょ、音也あのね…」

明らかに動揺している音也を見て、一気に罪悪感に苛まれた。ち、違うのに…。とにかくまず話をちゃんと聞いてもらわなくては始まらない。


「行ってきたのは産婦人科!」
「何それ!婦人系の病気ってこと!?」
「病気じゃないの、実はね」
「そんなの嫌だよ!なまえまで俺の前から、居なくなるなんてっ…!」
「ちーがーう!音也!お願い、聞いて!」

音也の腕をぎゅって握って、勢いよく下におろした。久々に大きな声を出したからか、息が切れる。ふぅ、と一息深呼吸して、泣きそうになっている音也の手を自分の両手で握った。

違うの、病気じゃないの。
私は音也のお母さんや、叔母さんみたいに、音也の前から居なくなったりなんてしない…そう想いを込めながら。



「…赤ちゃん」
「え?」
「お腹に赤ちゃんが出来たの。私、妊娠したんだ」


私の言葉に音也は元々ぱっちりとした大きな目を、更に大きく見開いた。
口は半開きになってぽかんとしている。


「お父さんになるんだよ、音也」


私の言葉に音也の瞳が揺れる。
そしてしばしの沈黙。驚いてるのかな、それとも動揺しているのだろうか。



「(……あれ)」


てっきりあの音也の事だから、両手を広げて「やったー!」とでも叫んで大喜びするものだと思っていた。音也は何も言わず、口を中途半端に開けたまま。あまりに予想外の反応に、私の方が不安になってきた。





「俺に」
「え?」
「俺に、家族が出来るの…?」


消えそうなくらい小さな声で、ぽつりと呟かれた言葉。今にも泣きそうな音也の顔に、私も釣られて胸がいっぱいになって、泣きそうになってしまって。


「何言ってるの!音也にはもう私っていう家族がいるじゃない!」
「なまえ……」
「家族がね、もう一人増えるんだよ。これからもっと、賑やかになっちゃうかも」


泣きそうになっている私の顔が見られないように、そして多分泣いてるであろう音也の顔を見ないように…私は勢いよく音也にぎゅっと抱き着いた。


「音也…私はずっと音也の側にいるよ」
「うんっ…」
「これから音也はもっと、いっぱい幸せにならなきゃいけないんだよ」


だから、これからも笑って一緒に生きていこう。
そう言うと音也は、聞こえないくらいの小さな声で「ありがとう」と呟いた。
いつもよりずっと小さく感じるその背中を、私は両腕でぎゅっと抱きしめたんだ。






いっしょにいる意味
(それは、もっと幸せになるため)



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