赤く実った、美味しそうなさくらんぼ。
まるまるっとしてて可愛いそのフルーツを大量にお皿に盛り付けてテーブルに乗せた。
我慢出来ず一つ口に含んでもぐもぐさせていると、マグカップを二つ持ったレンが、そんな私の様子を不思議そうに見つめてきた。
あれ、中身コーヒーかな?カフェオレかな。
あまーいフルーツには出来れば苦いブラックコーヒーが良いなぁ。
「何をしてるの?」
コト、と静かに置かれた私のピンクのマグカップ。
ちなみにレンのはオレンジ色で、私とお揃いなんだ!
中身を確認すると、私の希望通りのブラックコーヒーがたっぷり入っている。さすがレンは私の気持ちがよーく分かっているようだ。そういう所、好きだなぁなんて。
「さくらんぼ買ってきたの」
「また随分な量を買ってきたね」
少しだけ苦笑いしたレンが、マグカップに口をつけながら私の前の椅子に座った。
実は私がこんなにさくらんぼを買ってきたのには、ちゃんと理由があった。
「明日、バラエティの収録があるんだけどね。そこでやるミッションがあって今から練習するの」
「仕事で?何をするんだい?」
「さくらんぼの枝結び。口の中に枝を入れて、手を使わずに舌で結ぶんだ」
そう、これが実は結構難しい。
オファーを貰った時に一度やってみたけど、全く出来なくて。これはまずい!と思い、今日は特訓をしようと言う訳でさくらんぼを買ってきたのだ。
そんな私の話に興味を示したレンは、楽しそうに「へぇ」と呟いた。
「やってごらんよ」
「うん!見ててね!」
さくらんぼの枝だけを口に含んで、モゴモゴと口を動かす。舌を必死に動かすけれど、思う方向に枝が動いてくれない。
む、むむ…やっぱり難しい…。ついつい険しい顔になる。きっと私は今アイドルらしからぬ顔をしているだろう。
数分の間検討してみたけれど、思うように出来なくて、諦めて口に含んだ枝をティッシュに吐き出した。
「ぷはぁっ!やっぱり出来ない!」
はぁ、苦しかった。しかも…ずっと舌を動かしていたせいか、ちょっと痛い。
そんな私を見てレンはけらけらと笑った。
「アイドルらしからぬ顔だったよ」
「わ、分かってる!だって難しいんだもん」
全く!誰よこんな企画考えたのは。そう心の中で理不尽な文句を言っていたら、ふと良い事を思い付いた。
「レンやってみてよ」
「良いよ」
てっきり、いつもみたいに軽く躱されるかと思ったら、意外にもノッてきたレンの反応にちょっとだけ驚く。だけどレンがアイドルらしからぬ顔をしてるのも見てみたくて、私はお皿に盛ったさくらんぼをレンに差し出した。
枝をゆっくり口に含んだレンは、いつもと変わらない表情で、口を動かす。くっ…この男前、中々顔が崩れない!悔しい!
よーし、こうなったら何が何でも崩れた顔を撮影してやる!撮ったらTwitterにアップしてやろう。レンのそんな顔、ファンはきっと見たくないだろうけ──
「はい、出来た」
「嘘でしょ!早くない!?」
私がぶつぶつ独り言を話している間に、レンは口に入れていた枝を取り出して見せてくれた。た、確かに綺麗に固結びされている…あんなに私が出来なくて苦労したことを、いとも簡単にこの男はやってのけた訳だ。
「くやしい」
「そんなに難しいかな」
「うるさい!慰めにもならないよぉ」
拗ねた私はさくらんぼを一つ取って、枝ではなく本来食べるべきである赤い実を口に入れた。あ、やっぱり美味しい!そんな私を微笑みながら見つめるレンを見て、一つ思い出した事があった。
「ねぇ知ってる?」
「ん?」
「コレが出来る人って、キスが上手い人なんだって。今回オファーしてくれたプロデューサーが言ってた」
「……へぇ」
少しの間の後に、ニヤリと笑ったレン。
何だろう?と思って瞬きを繰り返していると、ガタンと音を立てて、レンが椅子から立ち上がった。
「じゃあ俺はキスが上手いって事なのかな」
「えっ!あ、あの…そういう意味じゃ、なくて。一般論を、というか…その、」
私の座る椅子の背もたれに手をかけて、レンの顔がぐっと近付いた。レンのせいで、どうしても視界に入る彼の整った唇。
「試してみようか」
これじゃまるで、私がキスして欲しいっておねだりしたみたいじゃない。
「レン、」
呼ぼうとした名前は、唇ごと飲み込まれた。
ちゅっと音を立てて離れた唇に寂しさを感じていたら、またすぐに触れた。
ぽかんと開けてしまった口に、ねっとりと舌が入り込む。絡め取られた舌が熱くて、そしてどことなく甘酸っぱくて。
「んっ…ふ、ぁ…」
ツン、と舌先をつつかれたと思ったら今度は舌の裏側をなぞられて、ビクンと身体が反応する。
息をつく暇もない程、レンに食べられてしまっている。けれどその状況に興奮して、そして嬉しくて。
「あっ…」
レンとのキスは気持ち良い。つい、うっとりしちゃう。
レンがキスが上手って事は、私が一番よく知っているはずなのに。それなのに挑発した私が悪かったと、心の底から反省した。
けれど唇が離れてからも、胸のドキドキが鳴り止むことはなくて。
「可愛い」
「れんっ…」
「そんな顔で誘われたら、たまらないね」
レンの長い指が私の髪に触れて、さらりと髪を耳にかけられる。それだけでもドキっとするのに、髪をくしゃりとされて、そのまま頬にちゅっとキスされた。
そんなレンの仕草に、またキュンとしちゃう。
キスの余韻で、まだドキドキしているというのに。
「…ベッド行く?それとも、ここが良い?」
「やっ…ベッドが、良い」
「OK。それじゃ寝室行こうか」
簡単に抱き抱えられて、お姫様抱っこで寝室まで運ばれてしまう。きっとこれから過ごす時間は、さっき食べたさくらんぼよりも、きっとずっと甘酸っぱいんだろう。