「たっだいまー!」


元気よくお店のドアが開く。

ここのお店にただいま、と言う人なんて限られている。元気の良いその声、その主が幼馴染の嶺ちゃんだと気付くのに時間はかからなかった。



「おかえりなさい」
「あれ、なまえちゃん!久しぶりだね。また手伝いに来てくれてるの?」
「久しぶりじゃないよ!年中帰ってきてるじゃん」
「あはは、バレた〜?可愛い可愛いなまえちゃんに会いたくてさ!さっ、再会のハグ…」
「今揚げ物してるからだめ!」
「ガビーン!」


あぁ、もう。うるさい嶺ちゃんが帰ってきちゃったよ。嬉しいんだけどね、本当は。そんな事言ったらまた騒ぐから何も言わないでおくけどね。


「ねぇねぇねぇなまえちゃーん!」
「嶺ちゃん、うるさい」

あ、まずい。つい口に出ちゃった。
分かりやすくまたガビーン!なんて古いギャグでリアクションをする嶺ちゃんだけど、懲りずにすぐ話しかけてくる。


「彼氏出来た?」


…もう、何回目よこの質問。

最近、嶺ちゃんは会いに来る度これを聞いてくる。ふぅ、と溜息を吐いて私はわざと大きな声で答えた。


「出来てないですよー!どうせモテないもん。毎回聞くの辞めてよね」
「はは!そっか!メンゴメンゴ」



彼氏なんて居ないよ、ていうか作らないよ。
だって、嶺ちゃん以上の人なんて中々出会えない。

そんな事、私が一番よく分かってるんだから。それなのに…私の気持ちを知らない嶺ちゃんは、何度も何度も恋愛の話を持ちかけてくる。
彼氏は出来たのかとか、好きな人はいないのか、とかそんな話ばかり。


私がずっと好きなのは、嶺ちゃんだけなのに。



この気持ちを伝える勇気はない。
だからこのまま、仲の良い幼馴染の距離を保ってるんだ。



「(嶺ちゃんのばーか)」


そう心で呟いてから、油に浮かぶ鶏肉をお箸で掬った。


「何作ってるの?あ!唐揚げだ!」
「うん!最近ちょっとは上手く揚げれるようになったんだよ」


嶺ちゃんが実家を出て早乙女学園に入学した頃から、嶺ちゃんの実家のお弁当屋さんを時々こうして手伝っている。元々、おじさんとおばさんが大変そうだったから始めた手伝いだったけど、今では結構この仕事も気に入っていた。



「ん!おいし!腕上げたね」
「ありがとう、まだおばさんには到底敵わないけどね」


作っていた唐揚げをつまみ食いして、嶺ちゃんは満足そうに笑った。すると嶺ちゃんはもう一つ唐揚げを手に取って、私の口元まで運んで来た。


「はい、あーん」


…何の恥じらいもなく、こういう事するんだから困る。困るよ、嶺ちゃん。

それでも私は嶺ちゃんの言う通りに素直に口を開けて待つ。
唐揚げが私の口の中に入れられる。私の唇の端に嶺ちゃんの指がちょっとだけ触れて、ドキッと胸が鳴った。



「…あっつい…」
「はは、揚げたてだもんね。美味しい?」
「ん、おいひい…」
「嶺二ー!イチャイチャしてないで手伝いなさいよー」


後ろからおばさんの声が聞こえたから、慌てて嶺ちゃんから距離を取った。けど嶺ちゃんは何も気にしていないみたいで、それが何だかちょっぴり切ない。





「嶺二!私買い出し行ってくるから!なまえちゃんと店番よろしくねー!」
「はーい!了解したよん」


慌ただしくおばさんがお店を出ていく。

嶺ちゃんは元気よく返事をして、お弁当を詰める私の横に立った。う、二人きりか。ちょっと緊張しちゃう。ただの幼馴染…幼馴染なのだから、緊張する必要ないはずなのに。嶺ちゃんがさっき、あーん、なんてするから意識しちゃうじゃん。





「ねぇなまえちゃん」
「なに…っ、」
「今度デートしようか。僕車出すからさ」


おばさんが出掛けて二人きりになった途端、唐揚げを揚げて汚れてしまっている手に、嶺ちゃんの手がそっと重なった。急な出来事に、心臓が音を立てる。



「それ、どういう…」


ああ、この距離感が丁度良いって。今までそう思っていたのに。



「僕が会う度にさ、どうしてなまえちゃんに彼氏出来たか確認してるか分かる?」
「嶺ちゃ…」
「そういう意味だよ。オフの日分かったら連絡させて」


一歩踏み出すのも悪くないなんて、思ってしまった。



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