※音也視点


「あの、ト…一ノ瀬くん」
「はい、何でしょうか」


あぁ、もう。じれったいなぁ本当に。

俺はカフェのテーブルに頬杖をつきながら、正面に座るなまえとトキヤをじっと見つめた。
そんなに大きくないなまえの声に、必死に耳を傾けるトキヤ。無意識に少しだけ身を乗り出してしまってるのが面白い、なんてね。



俺と言えば、カフェなのに甘い生クリームがぐるぐる巻きで乗ったフラペチーノを注文したら、トキヤに「何故カフェでコーヒーを飲まない?」と言った目で(俺の推測だけど)睨まれた。

その後なまえが「じゃあ私も…」って言ったら、「そうですか、コーヒー苦手ですか?」「うん」なんて会話して、優しく彼女の分まで注文するんだよ?扱いの差が酷すぎると思わない?



「実は、その…この後行きたい所があって…」
「えぇ、どこへでもお付き合いしますよ」
「ほんと!?良かった…ね、音也くん!」
「あー…うん…」


ずるずると音を立ててグリーンのストローを吸う。大体、何で二人のデートに俺が付き合わなきゃならないのさ!


……事の発端は数日前に遡る。


 

────


「それでね音也くん!この前偶然トキヤくんとコンビニで会ったの!そしたらトキヤくんがこのチョコレートを買ってくれて、」
「へぇー」
「甘いものがお好きと聞いたのでって…私すっごく嬉しくて」
「へぇー」
「まだ封を開けずに大切に仕舞っておこうかなって…ねぇ聞いてる?」
「あーうん、早く食べちゃえば良いのになって思ってる」
「もう!音也くんのばか!」


そうやってスマホを見ながら適当に返事をしたら、なまえが頬を膨らませてそっぽを向いた。

同じクラスでなまえと仲が良い俺は、度々トキヤの話を聞かされていた。どうやら入学式の日に一目惚れをしたらしい。俺を通してなまえの事を知ったトキヤも、すぐに彼女の事を気に入ったらしく、寮で散々なまえの情報をねだられた。


結構分かりやすい二人だと思うんだけど、どうやらお互いの気持ちには気が付いていないらしい。





そんな二人だったけどある日、


「ねぇねぇねぇどうしよう音也くん!」
「あーなまえ、なに?またトキヤ?」
「さっきね!休日何処かへ行きませんかって誘われちゃった!トキヤくんに!」
 
何その倒置法。
そう心の中で静かにツッコミを入れてから、俺は小さく欠伸をした。あートキヤ、ようやく誘えたんだなぁって思っていたけど、次のなまえの言葉で、


「音也くんも一緒に来て!」
「ぶっ!」

飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。
 


「いやだよ!なんで!」
「だ、だって…二人きりだと緊張しちゃう!」
「デートなんだから当たり前じゃん!何言ってんの!」
「無理!お願い!今度食堂のカレー奢るから…!」


何度も断ったけど、なまえも一歩も引かなかったから渋々了承した。

寮の部屋でその事をトキヤに伝えた時の、あいつの殺気立った目を俺はきっと一生忘れないだろう。





「ふふ、それでね一ノ瀬くん…」


そして迎えた今日。気合いを入れてオシャレをしてきたなまえは、俺から見てもすごく可愛いなって思った。そんななまえを見てトキヤも顔を赤らめたのが分かったけど、すぐにいつものポーカーフェイスに戻った。

……そう思っていたけど、今、目の前にいるトキヤは頬が上がりっぱなしだ。明らかにニヤついている。あれは絶対頭の中では可愛いって連呼してるんだろうね、うん。


楽しそうに会話を交わす二人。なまえは一生懸命会話を切らさないように話していて、トキヤも顔を近づけてなまえの話に耳を傾けている。


大体なまえってば、俺の前では「トキヤくん」とか本人の許可無しに呼んでるくせに、トキヤの前では「一ノ瀬くん」だもんなぁ。


トキヤもトキヤだよ。
「音也は何故みょうじさんを下の名前で呼ぶのですか、馴れ馴れしいです」て言うんだよ?そんなの自分も下の名前で呼べば良いだけの話じゃん。
ていうかさ、


「(俺、居る必要なくない?)」


さっきから繰り広げられるなまえとトキヤの会話もろくに聞かず、バレないように欠伸をしていたら、二人が立ち上がったから慌てて口を抑えた。



「え?どしたの?」
「聞いてなかったんですか」


呆れたような顔のトキヤに言われるがまま、カフェを出て街を歩いた。どうやらなまえが行きたい場所にこれから向かうらしい。




俺の一歩前を、並んで歩く二人。
ぷらぷらと所在なさげに振るなまえの左手を、トキヤが自分の右手でそっと触れようとして、でもやっぱり止めてゆっくり下げたのが見えた。


もどかしい、もどかしいよ二人とも。
仕方ないから少しだけ背中を押してあげようかなっと。






「…ああぁぁ!お腹が痛いっ!」
「「え?」」


きょとんとする二人を無視して、俺はお腹を抑えてその場でうずくまった。


「音也くん…大丈夫、」

しゃがむ俺に手を差し出したなまえの手を咄嗟に掴む。驚いたなまえの手を掴みながら立ち上がった俺は、もう片方の手でトキヤの手を掴んだ。


「えっ?えっ?えっ?」


あたふたするなまえを無視して、二人の手を強引に握らせる。トキヤが驚いて咄嗟に離そうとしたけど、もうダメだよ絶対離しちゃ。そう気持ちを込めて二人の手をぎゅって握った。



「さっき飲んだフラペチーノのせいかな?あー痛い!これは水族館なんて行けないな行けないよね!じゃあ俺帰ろうかな!」
「えっえっ?ちょ、音也く…」


後ろから「ウォトヤ!!」と叫ぶトキヤの声が聞こえるけど、思い切り無視して反対方向へ向かって走った。

けど俺、なんにも悪くないもんね。



「行っちゃったね…」
「全く…。ですが、せっかくの機会ですし、」
「う、うん」
「みょうじさんさえよろしければ、その…二人で」
「も、もちろんだよ!行こう!」


帰ったフリをして、二人の近くまで引き返した俺は、木の影からトキヤとなまえの様子をそっと見守る。



「それと…みょうじさん」
「う、うん…?」
「差し支えなければ、その、今後は下の名前でお呼びしたいのですが」
「えっ!うん!全然OK!その、私も…」
「えぇ、構いませんよ」
「じゃあ…トキヤ、くん」


赤くなってトキヤの名前を呼ぶなまえを見て、トキヤはこれ以上ないってくらい嬉しそうな顔をした。必死に表情を変えないようにしてるけど、ニヤけてるのバレバレだよ。



「行きましょうか、なまえ」

トキヤがなまえの手を握る右手をそっと引いた。それに満面の笑みを見せるなまえは、本当に幸せそうな、恋する女の子の顔だった。


さ、帰ろうかな。
今日の夜の二人からの報告を楽しみにしておこっと。


心の中で二人に全力でエールを送って、俺は一人寮への帰路に着いた。



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