「ねぇ聴いた!?さっきの歌唱テスト!」
「みょうじさんでしょ?聴いた聴いた」
「よくあんな声でアイドルになろうと思うよねー」
「…聞こえてるっつの」
お手洗いに行こうとしたら、女子トイレの中から声が聞こえた。廊下まで聞こえるような大きな声で話される、私の陰口。そんな可愛い声で、人の悪口を言うのは良くないと思う。
これ以上聞くのが嫌になって、そのまま引き返した。
授業が始まるまであと5分。教室に戻る気にもなれなくて、そのまま階段に腰かけた。もう、今日はサボっちゃおう。
女子にしては低くてハスキーな声。
小さな頃からずっとコンプレックスだった。
それでもアイドルが大好きでアイドルになりたくて、この学園に入学したけど、現実は中々厳しかった。
「…つら、」
悪口を言われるのは、不本意ながら慣れている。この声のせいで小さな頃虐められたりもした。
必死に好きなアイドルの歌い方を真似した。
声を高く作って歌ったりもした。
そうしたらボイストレーナーの先生に喉を壊すから辞めろと言われて…そんなのもう、どうしようもないじゃない。
私は、アイドルを目指しちゃいけないのかな。
「…泣きそう」
溢れそうになった涙を堪えて、それが零れないように上を向いた。
「また何か言われた?」
天井を見上げていた視界に、どアップで見知った顔が入ってくる。あまりに突然のことで目を見開いてしまい、涙が一気に乾いた気がした。
「一十木君!」
名前を呼んだらニッコリと笑ったクラスメイトの一十木音也君。私の座る階段の一段上に立って、上から私の顔を覗き込んでいた。
瞬きを繰り返していたら、驚かせてごめんねと言って一十木君は私の隣に座った。
同時に授業開始のチャイムが鳴る。
それなのに一十木君はその場から動こうとしない。
「授業始まっちゃったよ?」
「みょうじこそ。教室行かないの?」
「んー…なんか行く気なくなっちゃって」
「じゃあ俺も一緒にサボる!」
同じクラスではあるけど、そこまで仲良しでもない、普通のクラスメイト。なのに一十木君は、悲しそうに笑って呟いた。
「ああいうの、気にしない方がいいよ」
「…聞こえてた?」
「あんなに大声で話してたら誰にでも聞こえるって」
そっか。それで気にかけてくれたんだ。
逆に申し訳ない。一十木君が悲しむ理由なんか何も無いのに、こんなに悲しい顔をさせてしまっている。
誰にも話したことの無い、私のこの感情…今の一十木君なら聞いてくれる気がして、私はぽつりと話し始めた。
「ずっとコンプレックスなんだ、自分の声。低くてさ…女の子らしくないでしょ?」
「そんなことないよ。なんでそんなに気にするのさ」
「うん…でも確かに、アイドル目指すには無理があるよね」
自分で言ったくせに、自然と笑いが漏れた。
多分顔はちゃんと笑えてない。自分自身で放ったその言葉が胸に突き刺さった。
本当は自分が一番よく分かっているんだ。
さっき大声で人の悪口を言った彼女達の方が、アイドルの適正はずっとあるんだって。
それが悔しくて仕方ないけれど、それが現実なんだって。
「誰にでもコンプレックスはあるよ。それにみょうじのその声だって大事な個性じゃん」
「一十木君…」
「俺にだってコンプレックスあるし。それに、那月とかマサの歌を聞いて羨ましいなって思ったりもするよ」
皆そんなもんじゃない?そう言って笑ってくれる一十木君。いつも明るくて皆の人気者な一十木君…コンプレックスなんて嘘でしょって思うけど、一十木君の表情を見ていたら、とても嘘だなんて思えなかった。
「俺は好きだよ、みょうじの歌」
「一十木く…」
一十木君の言葉に、また涙が溢れそうになった。私の歌を、好きと言ってくれる人なんて今まで誰一人としていなかったのに。
好きと言ってくれる人が一人でもいる──きっとお世辞なんだろうけど、そのことが私の心を暖かく照らしてくれた気がして。
「だからさ、一緒に頑張ろうよ」
「うんっ…」
「俺、みょうじと一緒にデビューしたいな」
「あり、がと…」
我慢出来なかった涙が少しずつ溢れて来た。
一十木君の前で泣いてしまったのが恥ずかしくて、涙が流れているのを気付かれないように鼻の辺りを手の甲で押さえた。いや、きっと気付かれてしまっているだろうけど。
でも一十木君は涙を拭うなんてことはせずに、何も言わずに私の背中を大きな手でポンと叩いてくれた。
その優しさが嬉しくて、もう少しだけこの学園で頑張ってみようと思えたんだ。