やだなぁ、私こんなに我儘な女じゃなかったはずなのに。


「オイ、なまえ」
「もう良いもん」
「良いって顔じゃないだろ」


唇を尖らせて、目線を合わせまいとそっぽを向く。そんな私を見て翔くんは大げさに溜息を吐いた。

そんな、あからさまに機嫌悪くしなくても良いのに。私も人の事言えないけれど、けどそもそもこうなる原因を作ったのは翔くん自身だ。



「悪い事したと思ってるよ。けど仕事なんだから仕方ねぇだろ!」


そう、今日は私の誕生日。

ずっと前から、一緒に過ごそうねって二人で約束をしていた。翔くんもその日は絶対スケジュール空けるからって言ってくれてたのに…。


彼の仕事が毎日忙しくて、急な予定が入ることも理解しているつもり。だから今まで、急にデートをキャンセルされたとしてもこんなに怒ることはなかった。

だけど今日は、今日だけは。
1年に一度の大切な日…どうしてもこの日だけは翔くんと二人で過ごしたかったのに。



当日の朝になって、今日急な仕事が入ったことを言い渡された。うきうき気分で支度をしていたのに、私は翔くんの連絡で一気にどん底に突き落とされた訳だ。


それなのに翔くんは、さっきから腕時計をチラチラと見ている。恐らく時間が迫ってるんだろう。

寮のラウンジで言い争いをしていたから、様子を見ていたST☆RISHの皆が、かわるがわる心配そうに声をかけてくれた。私をフォローしてくれる人もいたけど、素直に行ってらっしゃいとは見送れなかったんだ。




「…もう時間だから行くわ」
「………らい、」
「なまえ!」
「翔くんなんか大嫌い」
 


小さく呟いたつもりの言葉が、思っていたよりも大きく響いてしまった。逸らしていた目線を上げて翔くんを見たら、


「あ……」
「ごめん」 


思っていたよりずっと、ショックを受けた顔をしていて。


「翔く、待って……!」  


それに私の胸も締め付けられる。
今更遅い、そう思ったけどやっぱり翔くんにそんな顔をさせてしまった事が苦しくて、私は必死に手を伸ばした。

だけど、それが彼に届くことは無かった。



私を振り切るように、翔くんは後ろを向いて寮を出て行ってしまった。行き場のなくなった私の手…それをそっと下ろしたと同時に視界が滲んで、ぽろぽろと涙が流れ落ちた。







「うっ…ふ、うぇ、ん……」


もうどのくらい長い時間泣いていたのか分からない。気付いたら寮の自室にいて、外は暗くなり始めていた。


泣き腫らした目で時計を見ると、夕方の18時。お昼ご飯も食べずにずっと泣いているなんて、本当、どうかしてると思う。最悪の誕生日だ。

でもそれだけショックは大きくて、翔くんと過ごせなかったのもそうだけれど、傷ついた翔くんの顔を見てしまったことの方が悲しかった。



本当は大好きなのに。好きで好きで仕方ないのに、どうして嫌いなんて言っちゃったんだろう。後悔してもしきれない、だって大好きな人は今ここにいないから。


「翔く…」
 


そんな時、

──バタンと大きな音を立てて突然扉が開く。
ノックもせずに部屋に入ってきたのは、



「な、んで……」

今、ううん、いつだって一番会いたい人だった。



無言のままズカズカと私の部屋に入ってきた翔くんは少し息が切れていて、うっすら汗もかいている。


状況が飲み込めずあたふたしていると、翔くんは私の手を引いて、強引に立ち上がらせた。
突然で身体がふらついてしまったけど何とか立ち堪えたら、翔くんはそのまま私と一緒に部屋の出口へ向かおうとした。

 


「行くぞ」
「え、ちょ…!行くってどこに…」
「店予約してあんだ、早く」 


え、だって…
翔くん、今日一日仕事だからって。
私の誕生日なんかより、お仕事の方が大事なんじゃ、なかったの…?



「ねぇ翔くん!」
「…言うな、」
「え?」
「冗談でも、大嫌いとか、言うな」 


止まった足と一緒に、小さく発せられた翔くんの声。いつもみたいな元気で自信に満ち溢れた声でも、王子様みたいな優しい声でもない。



「お前に言われるのは、すげぇしんどい」


泣きそうな、声。
そんな翔くんに、私の胸もぎゅっと締め付けられた。
 

「翔くん、ごめんね」
「……」
「大嫌いだなんて、嘘だよ」



私の手を握る翔くんの手に、ぎゅっと力が入った。私はたまらず、背を向けたままでいる翔くんの背中に、負けないくらい力強くぎゅっと抱きついた。


「俺の方のこそ、ごめん」
「ううん、…お仕事大丈夫だったの?」
「早めに終わらせた。皆さ、協力してくれて」
 

そうだったんだ。皆にも感謝しなくちゃ。

すると背中を向けていた翔くんが、ゆっくり振り向いてくれる。本人に言ったら絶対認めないだろうけど、翔くんはちょっぴり泣いていて。


そんな姿が愛しい。
私よりちょっとだけ背の高い翔くんに、私は背伸びしてちゅっとキスをした。

そしたら翔くんは、負けじと私の唇に、翔くんの唇を押し付けてきた。ぐっと近づいた翔くんとの距離…もうこれ以上離れないように、腕に力を入れて力強く抱きしめた。



「翔くん」


やっぱり私は翔くんのことが好きでたまらないんだ。


「本当は大好きだよ」
「ん、」
「嫌いなんて言って、ごめんね」
「俺の方こそ、ごめん」


こうしていっぱい喧嘩するかもしれないけど、


「なまえ」


これからもずっと隣にいてね。


「誕生日おめでとう」
「…ありがと」


大好きだよ、翔くん。




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