あぁ…お酒臭い、タバコ臭い、そして騒がしい。何の苦行なのこれは。


「いやー!たまには羽目を外さないとねぇー!」

いやいやいや、羽目外しすぎだから、もう。
そう心の中でツッコミを入れてから、ウーロン茶の入ったグラスを口まで運んだ。


週末の会社の飲み会。自由参加という名の、強制参加だ。もはや仕事の一環だ!本当は早く、家に帰りたいのになぁ…そう思いながら腕時計をちらりと見ると、時刻は夜11時。うぅ後悔、やっぱり無理にでも一次会で帰ればよかった。


半ば強制的に連れて来られた二次会の居酒屋で、私は大きく溜息を吐いて、出てきた料理をまた小皿に取り分けた。
 


「いやぁ、みょうじくんは気が利くねぇ〜!」
「彼氏さんが羨ましいねぇ!はっはっはっ!」
「一緒に住んでるんだって?ヒュー!」
「あ、はは…」

しつこく絡む上司(正直鬱陶しい)に適当に返事をしながら、先程から通知音を繰り返すスマホの画面を覗き込んだ。



『今日の宴会は何時までですか?』
『少し帰りが遅いようですね』
『なまえ、今どこですか』
『まだ終わりませんか。心配していますので連絡下さい』
『場所を教えてください、迎えに行きます』


心配性な彼、トキヤから繰り返し送信されるメッセージ。中々返す暇もなく、既読スルーになってしまっている。これはきっと…いや絶対帰ったら怒られるパターンだ。どうしよう、早く帰りたいのに、帰れない…。
 

スマホの画面と上司の顔色を伺いながら、ようやく宴会が終了した頃には、もう日付が変わってしまっていた。

まずい…そろそろ帰らないとさすがに激怒されるかも…。お店の前でたむろっている会社の人達にバレないよう、こっそりと抜けようとしたら、女性の先輩に腕を掴まれてしまった。


「みょうじさーん!三次会も行くでしょ?」
「えー…あの、さすがにもう帰ろうかなと」
「えーっ!一緒にいこうよ!」
「い、いやぁ…」
「なんだみょうじくん!夜はこれからだぞー!」 


うっ…課長お酒臭!なのにまだ飲むっていうの?さすがに付き合い切れないし、トキヤも家で待ってるから一刻でも早く去ろうと思うのに、課長に肩まで組まれて逃げられくなってしまった。

あぁもう、どうしよう。







「失礼します」


すると突然、背後から聞き慣れた声──名前を呼ぶより先に、肩に回っていた課長の腕が外れて、後ろに身体を引かれた。



「トキ─、なんで!?」
「探しましたよなまえ」


芸能人の彼の名前を呼びそうになり、急いで口を閉じた。
伊達眼鏡とストールを口元までして顔を隠してるけど、私の腕を引いたのは紛れもなくトキヤだった。


きょとんとする周りの目を無視して、トキヤは私の手を引いて、ちょっと強引に連れ出そうとした。握られた手の力が思っていたよりも強くて、息も少し切れているようで。あぁ、本当に必死に探してくれたんだと分かった。



「一体何時だと思ってるんです…心配しました。早く帰りますよ」
「あ、うん…」
「え、みょうじさ…」


私を呼び止める女の先輩の視線は、完全にトキヤに向いている。さすがにこの至近距離だと気付かれたらしい。その視線にトキヤも気付いて、ふっと薄く笑った。


「なまえがいつもお世話になっています」
「えっえっ?ちょ、どういう…」
「この事はどうか、内密に」


人差し指を口に当てて、しーっというポーズを取るトキヤ。そんなトキヤに顔を真っ赤にさせた先輩に軽く会釈をして、トキヤに手を引かれるままその場を去った。

後ろから「きゃあぁぁぁぁ」という先輩の叫び声が聞こえる。うん、格好良いもんね…。あんな風に目の前で微笑まえたら、誰だって叫んでしまうと思うもの。これは…週明けに質問攻めされるな、うん。あぁ、今から月曜日が憂鬱だ。




「トキヤ」
「…はい」
「遅くなってごめんなさい。…怒ってる?」
「少しだけ」
「だ、だよね…」
「LINEを見たら返事をして下さい。何かあったのではと心配するでしょう」


私の手を引くトキヤがしばらく黙って何も言わないから、不安になってしまった。そう返してくれたトキヤは、握った手を引いて私をぎゅっと抱き締めてくれた。


トキヤの身体のぬくもりに、ほっとする。もう夜中ということもあって風は少し肌寒いけれど、トキヤのおかげでちっとも寒くなんてなかった。



「…アルコールの匂いが、」
「ご、ごめん!」
「そんなに飲んだんですか」
「違うよ!付き合いで一杯だけ…周りはすごく飲んでたけど」
「それならいいですが」


アルコールの匂いにトキヤが反応したから急いで離れようとしたのに、トキヤはそれを許してくれない。

それどころか頬を撫でられ、そっとキスされた。いつもは外でなんか絶対しないのに。


「いっぱい探してくれたの…?」
「会社近くの居酒屋を片っ端から」
「えぇ!ごめん!本当にごめん!」
「焦りましたよ…日付が変わるというのに連絡が来ないので…あなたの身に何かあったのではと」
「うん、心配かけてごめんなさい」


抱き締める力が心なしかいつもより力強い。
ぎゅっとされると、心まで締め付けられちゃう。



「なまえからキスしてくれたら、許してあげます」
「…ここ、外なのに?」
「良いじゃないですか、たまには」


そんな事、いつもなら絶対言わないトキヤ。
甘えてくるようなその声がなんだか嬉しくて、私はトキヤの唇にちゅっと軽くキスをした。


そんな珍しいトキヤが見られたから、こうやって心配かけるのもたまには悪くないかな、なんて罪深い事を思ってしまった。本人には絶対言わないけどね。



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