「…はぁ、」
小さく溜息を吐いて、華やかな表紙の雑誌をテーブルに置いた。
ゾクシィという結婚情報誌…いや、プロポーズされたとかそういうのじゃない。ST☆RISHのインタビュー記事があったから興味があって買っただけだ、そう自分に言い聞かせた。
「格好良いなぁ、もう」
タキシードのような衣装を着て微笑む7人は、本当の王子様のよう。前列に立っている小さなプリンス…翔ちゃんは私の彼氏で、私だけの王子様だ。
…結婚を焦っている訳ではない。彼は私よりも幾らか年下だし、人気絶頂の現役アイドル。きっと結婚なんて、意識してないんだろうなって思う。
交際期間もかなり長くなった。一般的には結婚とか考えるタイミングなのだろうけど、その一般論は私には当てはまらない。だってアイドルと付き合ってるんだもん、それは仕方ないよ。分かってる、分かってるんだけど、
「やっぱり憧れちゃうなぁ」
インタビュー記事の文章を目で追って行く。
結婚情報誌と言うこともあって、内容は結婚に関する話ばかりだ。
──理想のプロポーズのシチュエーションは?
翔「観覧車のてっぺんとかどうっすか!憧れますよね」
「ふふ、ベタ過ぎるでしょ」
周りにツッコミを入れられている姿が目に浮かぶ。わちゃわちゃと楽しそうにするST☆RISHの様子を想像しながらニヤニヤしていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。
そろそろ辺りも暗くなってきた時間帯。誰だろう、と思いがちゃりとドアを開けた。
「翔ちゃん!」
「よっ!突然ごめんな。この時間なら家に居るかと思ってよ」
片手を上げてニカッと笑い、現れた翔ちゃんに驚く。確か今日も仕事だったはず…。連続ドラマの撮影でずっと忙しいって話してた。
夢じゃないよね…と思い自分のほっぺたを抓っていると、翔ちゃんが何やってんだ言って笑った。
「だ、だって…ずっと忙しいと言ってたから会えると思ってなくて」
「あぁ、今日たまたま早く撮影終わってさ。まぁまた朝早いんだけどな」
そりゃそうだ。連続ドラマってすごい長い期間拘束されるって聞いた。時間が少しでも空けば身体を休めたいだろうに…
翔ちゃん、私に会いに来てくれたんだ。
「(嬉しい)」
「な、せっかくだしデートしようぜ」
「え、い…今から?」
「おう」
まぁ…まだお風呂も入ってないしメイクもしてるから…大丈夫だけど、
「ほら、行こうぜ!」
半ば強引に連れ出された翔ちゃんに連れてこられたのは、少し意外な場所だった。
「わぁ!綺麗!」
「今ハロウィン仕様にライトアップされてんだ。なまえ、こういうの好きだろ?」
「うん!好き…ありがとう」
夜の一際輝く、大きな観覧車。
赤とオレンジ色に染まるそれは、いつもと雰囲気が少し違っているけど、とっても綺麗で。
目をキラキラさせていると、翔ちゃんは私の手を引いて行列に並んだ。
「えっ、まさか乗るの?」
「なまえが乗りたいーって顔してるからな」
「だって翔ちゃん高いとこ…」
「平気だって!これくらい」
そうやって余裕そうに笑った翔ちゃんは、ゴンドラに乗ってからもビクともしていない。出会ったばかりの時は、ちょっと高いところでもあんなに身体を震わせていたのに。
頬杖をついて綺麗だなー、なんて窓を眺める翔ちゃんの横顔が、あの頃からは想像出来ないくらい大人っぽくて、格好良くて。
あの頃とは違い、ぐっと大人っぽくなった翔ちゃん。それが私と重ねた時間の長さを実感させる。
「なまえ」
「なぁに?」
「今日は大事な話があって、それでここに来たんだ」
じっと私を見つめる翔ちゃんの瞳が、真剣なものに変わった。それに釣られて私にも緊張が走る。ぎゅっと手を膝の上で握った。
「俺はお前より年下だし、頼りねぇ部分もあるかもしれない」
「翔ちゃん…」
「だけどこれから一生賭けて、お前を守りたいと思ってる。だからこれからのお前の人生を、俺に預けて欲しいんだ」
「そ、れって…」
「なまえ」
ゴンドラはいつの間にかてっぺんに到着している。だけど景色を見る余裕なんてなくて、私には翔ちゃんしか見えなくて。
『観覧車のてっぺんとか!憧れますよね』
そんな、本当にそれを実行するなんて
「俺と結婚してくれ」
男気全開過ぎるよ、翔ちゃん。
「ふふっ…」
「な、何か可笑しかったか…!?」
「だって、雑誌のインタビュー通りなんだもん」
「な…!お前アレ読んでたのかよ!」
「ふふっ…あはは!」
「笑うなバカ!」
有言実行とはまさにこの事だね。
笑う私に対して、サプライズのつもりだったのによー…とちょっと拗ねる翔ちゃんは、子どもみたいでちょっと可愛い。
「…早く返事聞かせろよ」
格好良くて可愛い翔ちゃんが、出会った頃からずっと私は好きでたまらないんだ。どんな翔ちゃんも、大好き。
だから、答えは最初から決まっている。
「私でよければ、よろしくお願いします」
私の言葉に安心した顔を見せた翔ちゃんは、そのまま優しくキスをくれた。空に一番近い場所で交わしたキスは、きっと一生忘れられないんだろうな。