【打ち上げで】
「それではこれにて終了です!お疲れ様でしたー!」
CM撮影が無事に終了したのは、夜8時を回った頃だった。
着替えが終わる聖川さんを待って挨拶をしたら帰ろう、今日ご飯何を作ろうかな…なんて考えていると、後ろにいた先輩にぽん、と肩を叩かれた。
「櫻井さん、このあと軽く打ち上げあるんだけど来るでしょ?」
「打ち上げ…ですか、」
どうしよう…。本音を言うと給料日前でちょっと厳しいんだよなぁ…。うーん、でもお世話になった手前断るわけにもいかないし…せっかく誘っていただいたのだから……。
そんな事をうーんうーん、と考えている内に、右腕はしっかり先輩に掴まれている。
「え、」
「じゃ、決まりね」
「や、やっぱり行くんですね…」
「え?嫌?」
「嫌、じゃないですけれど…」
そう答えると先輩は意地悪な顔で、「監督の奢りだから気にしないでね〜」と笑ってくる。か…考えていることが見透かされたみたいでちょっぴり恥ずかしいな、もう。
既にゾロゾロと移動を始めている列に置いていかれないよう、私は急いで鞄を持って後を追いかけた。
───
「それではお疲れ様でした!乾杯!」
CM監督の一声で、カチャンとグラスが音を立てる。
やってきたのはスタジオの近くにあるお洒落なイタリアン。業界御用達ということもあり、ほぼ貸し切りの素敵なお店だった。
「(ふー、久々に飲みすぎたかも…)」
すっかり周りが盛り上がっている中、少し夜風に当たろうと、ワイングラスを持ったままテラス席へのドアを開ける。
一人で落ち着いてゆっくり飲もうと思ったら、そこには先客がいた。
ドアが開いたことに気づき、こちらを振り返ったのは聖川さんだった。
振り向いたその顔とぱちりと目が合う。
お邪魔をしたら悪いかと思い踵を返そうと思った所で聖川さんが軽く会釈をしてくれたから、私も小さく頭を下げてそっと彼の横まで移動した。
お店の2階のテラス席。片手を柵にかけて外を眺めれば、キラキラ輝く夜の街並みが望めた。
「お疲れ様です、櫻井さん」
「聖川さんも。今日は本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
カチャンと、グラスを合わせて乾杯する。
二人で同じタイミングで、ワインを口に含んだ。飲みすぎたと反省したばかりなのに、喉にアルコールが流れる感覚が心地良い。
「あれ…聖川さんて、今おいくつですか?」
「20歳です。ようやく成人しました」
「えー!若い!いいなぁ」
「櫻井さんも俺と同じくらいと思いましたが」
「えと、24歳です。聖川さんから見たらおばさんかな?」
「ほとんど変わらないじゃないですか」
そうにこやかに笑う聖川さん。
あ…こんな風に笑うんだ。
撮影でも真剣な表情ばかり見ていたから、初めて見るその優しい笑顔が少し意外だった。
「お酒は飲まれます?」
「割と好きですね。…ワインより日本酒とか、焼酎の方を好んでますが」
「あ、分かります!私も日本酒大好きです。食事も結構和食が好きなので」
「奇遇ですね、俺もです」
「ちなみにワインは?」
「どちらかというと、白が好きです」
「わー!一緒!」
好み合いますね、と笑ってみたら、聖川さんが少しだけ照れたように目線を逸らした。
夜風が気持ち良い。優しく吹く風が、私達の髪を揺らした。聖川さんの青くて真っ直ぐな髪も美しく靡いている。
「CM、成功するといいなぁ…」
綺麗な夜空を眺めながらぽつりと呟いた言葉に、聖川さんはまた微笑んでくれた。
「そうですね」
「そしたらまた一緒にお仕事できるかも、ですね」
CM第2弾とか。本当にあればいいなぁと心から思う。もっと聖川さんとお仕事したいし、もっとたくさん彼のことを知りたいなと、純粋にそう思った。