【片通行の想】


「よぅ」

待ち合わせしていたファミレスで、サングラスをかけた蘭丸が片手を上げた。ちょうどお昼休みで混雑しているけど、彼はそういうのはあまり気にしないタイプらしい。


「ちょっと久しぶりだね、こうして二人で会うの。元気だった?」
「おー。まぁそりゃ、知ってる男とは言え二人でコソコソ会ってたら良い気はしねぇだろ」
「え?」
「真斗が」
「あー…う、うん。あっ…私、日替わりランチにしようかなー」
「……?」


うぅ…いきなり名前出してくるか…。蘭丸に悪気は無いだろうに、勝手に気まずい気持ちになって申し訳なくなった。と言うより、そうか…蘭丸、私と真斗が付き合ってからずっと気を遣ってくれてたんだ。

誤魔化すようにメニュー表で顔を隠した。チラリと蘭丸の顔を確認すると、不思議そうに私の目をじっと見ている。


「何かあったか?」
「え…ううん、何も。どうして?」
「……いや、なら良い」


食事をしている間は気が紛れた。蘭丸も元々お喋りな方では無いし、何より食いしん坊だからひたすら食べ進めてくれていて。

食欲はあまり無かったけど、蘭丸に心配はかけたくなくて頑張って箸を進める。食事が終わってお腹が満たされるとほんの少しだけ、元気を取り戻せた気がした。


「量、少ねぇぞ。ちゃんと食え」
「そ、そうかな」
「ま、良いけどよ……あ、そうだ」


蘭丸が本題を思い出したようで、ジャケットの内ポケットから何かを取り出した。そういえばメッセージで、渡したい物があるって言ってたよね。何だろう。

蘭丸から手渡されたのは細長い封筒。それをテーブル越しに受け取り指先で封を開けながら、そっと中身を確認した。


「関係者席取っておいた。お前、ずっと見たいって言ってただろ」

中に入っていたのは、日付と会場、タイトルが記されたチケット。どうやらライブチケットのようだ。【ST☆RISH】──その文字を見て、どくんと心臓が嫌な音を立てた。


「あ…う、うん」

チケットを持つ指が震えた。少し前だったら、飛び上がって喜んでいたことだろう。だけど今は素直に喜ぶことが出来ない。どうしよう…何と言って、断ろう。


「ありがとう。でも、この日仕事があって…」
「あ?土曜は休みって言ってたろ」
「ちょ、ちょっと仕事溜まってて…休日出勤に」
「何言ってんだ。今日、様子おかしいぞ七瀬」

こういう場面で、嘘をつくのは苦手だ。それにこう見えて蘭丸は勘が鋭い。これ以上誤魔化すことは出来ないと悟った。

チケットを握ったまま、膝の上でぎゅっと拳を握った。意を決して、蘭丸の目を見返すと、「ん?」と蘭丸は私の言葉を待った。



「 ……あのね」


言葉に出すのは嫌だった。これが現実なんだと、改めて思い知らされる気がして。けど言わなくちゃ、ちゃんと…。


「真斗とは、もう付き合ってないの」
「……は?」
「だからもう私には行く資格ないんだ。ごめんね、せっかく用意してくれたのに」

貰ったチケットを、テーブルの上を滑らせて蘭丸に押し付けて無理矢理返した。お財布からお札を適当に出してテーブルに置いて、私は俯いたまま、急ぎ足でお店を出た。


逃げるように走る私を、すぐに蘭丸が追いかける。お店を出てから数メートルという場所で、あっという間に追いつかれてしまって…後ろから力強く、腕を引かれた。


「オイ七瀬!」
「……離してっ…」
「誰が離すか!な、んでっ…別れんだよ!」
「分かんないのっ…そんなの…!」


「私が一番、知りたいよ……」

絞り出した私の声は情けなく震えている。顔を上げることが出来ずそのまま地面を見つめていると、蘭丸が「……場所、変えるか」と、今度は優しく私の手を握ってを引いた。







「じゃあ、真斗から切り出したってことか?」

近くにある公園のベンチに二人で並んで座る。時間が迫っていることを言い訳に立ち去ることも出来たけど、蘭丸の無言の圧力はそうはさせてくれなかった。

蘭丸の問いに、私は小さく頷く。もう一度、蘭丸から「理由は?」と聞かれるけど、

「分かんない」

と、そう答えるしかなかった。


「ちゃんと真斗と話し合ったのかよ」
「…だって、本当に分からないの。前触れもなく突然別れようって、言われちゃって…」
「七瀬」
「私のことが嫌いになったのかもしれないし、他に、好きな人でもできたのかもしれないし」
「…七瀬」
「元々、別に私のことなんて大して好きじゃなかったんだよ。きっとそう、初めから遊びのつもりで──」
「七瀬!俺の目を見て話せ!!」

蘭丸の大きな声に、ビクッと肩が震えた。蘭丸が、私の顔を両手で無理矢理持ち上げる。

涙は流したくない。昔から知ってる蘭丸に、こんな情けない姿は見られたくなかった。それなのに…苦しくて苦しくて。涙を必死に堪えようときつく唇を噛み締めるしかなかった。



「お前、本気で言ってんのか」
「だって…」
「真斗が七瀬のことを好きじゃなかっただと?…本気でそう思ってんのかよ!」
「……」
「ちゃんと向き合って、本音でぶつかり合ったのかって聞いてんだ!」


蘭丸の強い言葉にぐっと唇を噛んだ。それは図星を突かれたからだ。


「私だって…私だってちゃんと話をしたかったよ!」
「……」
「けど」


『お前のことは何とも思っていない』


「あんなに冷たく、突き放されたら」
「七瀬…」
「もうなんにも、聞けないじゃない…」


蘭丸の言葉、一つ一つが冷たく私の胸を刺した。
もっと本気で引き止めれば良かった?何かが変わった?

後悔したってもう遅い。きっと真斗は、私に会うつもりは無いだろう。そんな簡単に意志を曲げる人じゃない。


太腿に置いた手でスカートをぎゅって握った。俯いて何も言わない私の手を取って、蘭丸は何かを強引に握らせた。

それは…先程渡してくれた、ライブのチケット。もうぐしゃぐしゃになってしまっているそれは、私の手元にあるべき物ではないのに。振り払おうとした手は蘭丸に強く握られて、少しの抵抗も許されなかった。


「蘭丸!だから私、これは…」
「良いから持ってろ」
「……」
「要らなかったら捨てて良い。もし少しでも未練があるなら来い。ちゃんと、踏ん切りつけろ」

手を握る力は強いのに、声はどこか優しい。そして、私の目をまっすぐに見つめて話してくれている。


…蘭丸の言う通りだ。このままではいけないことは、私が一番よく分かっている。
真斗と向き合う機会すら与えられないのなら、諦めるしかない…のかな。最後に姿だけ見れば、ちゃんと踏ん切りがつくのかな。


「もう、昼休み終わんだろ。行くぞ」
「うん…」
「またすぐ連絡する。心配で、目離せねぇからな」

手に握らされたチケットを両手で抱き締めて、私は一歩を踏み出した。少しだけ、ほんの少しだけ前に進めたような気がして。


会社までわざわざ送ってくれた蘭丸に、「どうして、ここまでしてくれるの?」と尋ねてみた。

少しの沈黙の後、蘭丸は「……さぁな」と、いつものようにぶっきらぼうに答えていて…その答えは、結局よく分からなかったけれど、今はその優しさがただ、ありがたかった。





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