【暗闇に染る】


『夜、少し会えないか?大事な話がある』


何の変哲もない、普通の平日の午後。いつも通り仕事をしている最中にデスクに置いたスマホの通知が鳴った。それは真斗からの、短めのメッセージだった。


「(真斗にしては急だな)」

真面目な性格ゆえなのか、真斗は前もってスケジュールを立てるのが好きだ。急に会おう、と突然誘われることはあまりない。それが当日の数時間前だなんて尚更だ。よっぽど急用なのだろうか。


スマホを手に取ったままスケジュールボードに目を移すと、櫻井の名前の横には【20時〜打ち合わせ】とある。嬉しい真斗からのお誘いなんだけど、今日に限って残業確定で、遅くなる日なんだよね。会いたい気持ちはもちろんあるけど、長い時間待たせてしまうのは心苦しい。

残念な気持ちを表す、耳を下げたウサギのスタンプを送り、続けてトトトと文章を打つ。


『次会う時じゃだめ?今日は仕事で遅くなりそうなの』
『いや、少しでも早い方が良い。仕事ならば待っている』
『うーん、けど9時過ぎになっちゃう』
『構わない』
「んー?」

首を傾げながらも、それなら仕方ないと了解した旨の返信を送信した。時間と待ち合わせ場所を決めるやり取りを何度かした後、メッセージアプリを閉じた。



「(話って、何だろ)」

大事な話、なんて言われると身構えちゃう。大きな仕事が入ってしばらく会えなくなる、とかかな。真斗も仕事が順調みたいで忙しそうだし、海外ロケとかもよくあるって聞くし。


「……」

何となくだけど、胸騒ぎがする。嫌な予感、とでも言うのかな。もう一度アプリを開いて真斗からのメッセージを頭の中で読み上げる。…文章の感じは、いつも通り。そのことに妙に安心して、小さくほっと息を吐いた。



「櫻井さん、今日の打ち合わせ資料は出来ているかい?」
「……あ、はい!これから印刷してコピーしようかと」
「最後にもう一回チェックしたいんだが」
「分かりました、すぐにお持ちします」

突然課長から掛けられた声に咄嗟に反応し、気持ちを切り替えて私はパソコンへ向き直った。とにかく今は仕事仕事、と。


それからは慌ただしく時間が過ぎて、あっという間に終業時間を迎えた。時間外の打ち合わせも終えて会社を出た頃には、時計は9時少し前を指していた。大丈夫、何とか待ち合わせの時間には間に合いそうだ。





「あ、真斗!お待たせ」


指定されたのはシャイニング事務所の近くにある公園だった。少し前、迷子になった真衣ちゃんを見つけた場所でもある。…私達にとっても思い出深い場所のひとつだ。


暗闇の中、姿勢良くしゃんと佇む姿が見えて手を振りながら駆け寄った。私に気付いた真斗が「お疲れ様」とだけ声を掛けてくれる。いつもは柔らかく微笑んでくれるのに、今日は表情が固いのがほんの少しだけ気になった。


……暗くて良く見えないせいかな。気のせいだと思いたい。せっかく会えたのに気まずくなるのは避けたいと思い、私は特に真斗に指摘することなくいつものように自然に笑顔を作った。



「せっかくだから、どこかカフェでも入る?確かそこの喫茶店ならまだ開いて──」
「いや、ここで良い。すぐに終わる」
「そ、そう?」


すぐに終わる話なら、尚更今日無理に予定を合わさなくても良かったんじゃ…?という疑問はそっと心の中に仕舞った。


真斗は真剣な顔で、じっと私を見る。その視線は真剣そのものなのにどこか憂い気で。そのせいか空気が少し重く感じた。
やっぱり今日の真斗、ちょっと様子が変だ。



「どうしたの?」

あえて明るく、いつもの調子でそう尋ねた。大した用件でないことを、私はこの時……無意識に願っていたのかもしれない。



公園の小さな街灯だけが、私達ふたりの姿を照らす。遠くから車の走る音が聞こえるだけで、辺りはとても静かだ。小さな溜め息さえも、聞こえてしまいそう。



静寂の中、しばらく沈黙が続く。私から話を催促するのは違う気がした。だから、真斗が話し出してくれるのをただじっと待った。


またしばらく間を置いてから──真斗が「七瀬」と、小さく私の名を呼んだ。何?と続く言葉を待つように、私は笑って首を傾げた。







「別れて欲しい」






「……え?」



その言葉を聞いた瞬間から

花束のように彩られていた私の世界は、一変に真っ暗闇に染まった。




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