【夜半に思う】


普段夜中に起きてしまうことはあまりないが、その晩は何故だか突然目が覚めた。手元に置いたスマホを点灯し時刻を見れば、デジタル時計は夜中の2時を指している。


「(水でも飲んでくるか…)」


起き上がろうとした時、ふと右隣に温もりを感じその姿を視線で捉える。暗くなった部屋でぼんやりと浮かぶのは、七瀬の穏やかに眠る顔。

起こさぬよう静かに布団から抜け出した後、下着だけを身につけたその無防備な身体に、そっと布団を掛け直す。上半身裸の状態にズボンだけ履き、深夜特有のもの静けさの中、音立てぬよう寝室を出た。





リビングで一息ついた後、すぐに寝室へと戻る。
冷蔵庫から持ち出したペットボトルをサイドテーブルに置き、再び七瀬が眠る布団の中に潜り込んだ。


俺の隣ですやすやと寝息を立てる七瀬の乱れた前髪を、指先でそっと整える。無論、起こさぬよう細心の注意を払って。

安心したように眠るその顔は、年上の女性ということを忘れてしまいそうになるくらい、あどけなく可愛らしい。


初めて共に夜を超えたあの日から、何度か七瀬と身体を重ねることがあった。その度に彼女のことをもっと好きになっていく自分が、時々怖くなる。まさか自分が、こんなにも一人の女性に溺れる日が来るなど…想像もしていなかった。

何よりも大切で、愛しい存在。



「七瀬」

静かな部屋に、俺の声だけが小さく響いた。呼びかけても返事がないことを確認して、閉じた瞼にそっと口づける。



…最近頭を過ぎるのは、聖川の実家のことだった。

父上から勧められた見合いの話は一旦断りを入れたものの、本気で付き合っている女性がいることはまだ伝えていない。父上にもじいにも、家の者には誰にも、だ。


分かっている、そろそろちゃんとせねばならぬことは。
七瀬とのこれからを真剣に考えるのであれば、聖川家の問題は避けては通れないものなのだから。

しかし…七瀬への気持ちが強くなればなる程、それが怖くなってくる。






「…なに不安そうな顔してるの」
「起きてたのか」


ぼんやりと七瀬の寝顔を見つめていると、その瞳が突然ぱちりと開いた。
突然目が覚めたのか、それとも少し前から起きていたのだろうか。突然の七瀬の目覚めに少々驚くが、それ以上に自分が無意識に不安そうな表情を見せてしまったことに、酷く動揺した。


「いつから起きてた?」
「んー…真斗が部屋を出ていったくらい」
「そうか…起こしてしまったな、すまなかった」
「ううん」

自然に目が覚めただけだから、と七瀬はまだ少し眠たそうに枕に頬を埋めた。「水、飲むか?」と問うと七瀬は首を横に振り、「大丈夫」と答える。



「話、逸らした」

目を閉じて再び眠りに着こうかと試みる前に、七瀬がそう呟いた。じっと俺を見つめるまっすぐなその視線に、何も悟られぬよう自分の目線を横に流す。


「いや、何でもない」
「何でもなくないでしょ、ちゃんと言って」

もう一度視線を合わせると、七瀬は逸らすことなくじっと俺の返答を待った。

この七瀬の目にはどうも弱い。何も誤魔化せないような気になる。本当は自分で解決してから話そうと思っていたが…そうもいかないようだ。意を決して、俺は小さく口を開いた。



「そろそろ…実家の父上に七瀬とのことを話そうと、思う」
「そっか…立派なお家なんだもんね」

七瀬が「私もご挨拶に伺った方がいいかな」と聞くが、これには首を横に振った。


「いや、俺がちゃんと話す」
「そっか。…じゃあ、何かあったらすぐに言ってね」
「分かった」

約束だよ、と七瀬は俺に念を押して甘えるように擦り寄った。そんな仕草がまた愛おしくなり、頭を片腕で抱えるように抱き締めた。



「…ちゃんと、せねばな」


自分に言い聞かせるように、そう呟いて…抱き締める腕に力を込めた。するとぽんぽんと優しく俺の腕を叩く七瀬の手のひら。苦しかったかと思い、慌てて離すと上目で俺を見つめる七瀬がそっと微笑んだ。


「ちゃんと目が合わないと不安だから」
「ん…そうだな」
「ねぇ真斗」




「大丈夫だよ」


俺の不安を全て汲み取ったかのようにそう言って…七瀬は再び、瞳を閉じた。


その優しさに、温かさに。すぐに縋ってしまいたくなる。狡いと分かっていながらも、全てを一度忘れて……ただ七瀬を愛したくなった。


「んっ…」

眠ろうとした七瀬に覆い被さり、その唇をやや強引に奪う。瞳が開いたのを確認して、もう一度。

強く押し付ければ、七瀬の唇の端から吐息が漏れる。しかし彼女は拒否することなく、ただそれを受け止めてくれた。



「…もう一回、する?」


優しく、それでいて甘えたような七瀬の声に返事をする代わりに、もう一度唇を塞いだ。そして滑らかな背中に腕を回し、自分の迷いを掻き消すよう、七瀬の身体をきつく抱き締めた。




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