【思い出の花】


「なんか…」
「ん?」
「付き合わせちゃって、ごめんね」


遡ること数日前、七瀬から「週末のデート、時間ずらしてもらえないかな」と連絡が来た。話を聞くと、急用が出来たとのことだった。


『俺は構わないが…用事ならば付き合うぞ』
『うーん…申し訳ないから大丈夫』

やり取りを繰り返す中で何となく煮え切らない返事が気になり、少し問い詰めてみれば七瀬はすぐにその理由を明かしてくれた。



『お母さんのお見舞いに行きたいの。主治医の先生からも、話があるらしくって』


七瀬の母君が入院していることは聞いていた。詳細は分からないが、難しいご病気で長いこと入院生活を送られていると。そのために七瀬が頻繁に病院に通っていることも知った。



「謝ることはない。それに、俺が勝手に同行したいと言ったのだからな」
「うん…ありがとう。真斗とのこと話したらお母さん、会いたいって何度もしつこくて。きっと喜ぶと思う」


そう笑った七瀬に微笑みを返し、見舞いの品で塞がっていない方の片手で七瀬の手を握った。

七瀬の片腕には、花屋で用意したブルースターの花束がある。青い小さな花と、かすみ草の白のコントラストが美しい。
かすみ草はどうやら七瀬が好きな花らしい。以前そう話していたことをよく覚えている。


「白くて可愛くて、どんなお花とも合って…素敵だなって」


まるで小さな花が咲くように、そっと笑った七瀬。こんな何気ない穏やかな時間が永遠に続けば良いのにと願ってしまう。幸せな時間が続けば続くほど、

未来が、怖くなる。




「真斗?」
「……ん?」
「大丈夫?何か考えごとしてたみたいだから」
「いや、何でもない」

不安そうに俺の顔を覗き込んだ七瀬に、すまなかったと詫びると彼女は特段気にする様子もなく「そっか」とまた前を向いた。



病院のエレベーターに乗り、上階へ昇る。廊下を渡ると、いくつかの病室が並んでいるのが確認出来た。母君の部屋は、どうやら個室らしい。その中の一つの前で立ち止まり、七瀬がドアをノックした。ステージや撮影の時とは違う、変な緊張感が襲う。




「お母さん」


病室の中に足を踏み入れると、窓の外を眺めていた顔がこちらを向いた。可憐な雰囲気を纏ったその女性は、七瀬にとてもよく似ている。目が合い会釈をすると、大きな瞳が光を纏ってキラキラと輝いた。


「きゃーっ!本物!」
「もう!あんまり大きな声出したら騒がれちゃうでしょ」
「ごめんごめん!まさか七瀬が芸能人の彼氏を連れてくるなんて、本当にびっくり」
「からかわないでってば」


俺が一歩近づけば、「座ったままでごめんね〜」と笑う母君は、想像していたイメージとは少し離れた人柄だった。大変なご病気と戦っているというのに、とても明るい。


「初めまして、聖川真斗と申します。七瀬さんと交際しております。お会い出来光栄です」
「ふふ、七瀬の母ですー。はじめまして」
「お母さん、これ真斗から。あと花瓶のお花変えるね」


てきぱきと動く七瀬に「俺がやろう」と伝えると、少し迷った顔を見せてから素直に渡してくれた。花を活けるのは慣れている故、七瀬もそれを分かってか俺に任せてくれたようだった。

そんな俺達二人の様子を、じっと見つめる母君の表情を盗み見ると、とても嬉しそうな顔をしていて…それが更に、気恥ずかしさに拍車をかけた。



「……ねぇ七瀬!シュークリーム食べたい!」
「えっ?」
「下の売店で買って来てくれる?はいコレお金、もちろん聖川くんの分もね」
「もう!急なんだから…それから、私の分忘れてる!」


突然の母君の発言に驚くこともなく、七瀬は俺に向かって「ちょっと行ってくるね」と伝え、病室を出た。


七瀬が病室を出たのを確認してから、母君は微笑んで俺の方に向き直った。「座って」と言われ近くの丸椅子をベッドサイドまで移動させ、そこに腰掛け背筋伸ばす。


「ごめんね、君と二人で話したくて。七瀬のこと追い出しちゃった」
「いえ、構いません」
「ねぇ、真斗くんって呼んでもいい?」
「もちろんです」
「ありがと!ね、真斗くん。七瀬のことよろしくね」


先程の明るい雰囲気からは一変、真剣な声色だった。心を込めて、本心から話して下さっているのが分かる。


「私達親のせいで……七瀬には随分苦労させちゃったから」
「……」
「あの子にだけは、幸せになって欲しいの。私のことなんて、本当は放っておいて良いのにね」


遠くを見つめてそう話す、切ない母の表情。
その顔は、これまでの苦労を物語っているようだった。そして心から、七瀬の幸せを願っていることが分かる。



「七瀬は、それを望んでいないと思います」
「え?」
「母君のこと、とても大事にされています。大好きなのだと、思いますよ」


もっと気の利いた言葉を話せば良かったかもしれないが、自然と出た言葉に身を任せた。七瀬を見ていれば分かる。どれほど愛されて育てられ、どれほど家族を…大切にしているか。

俺の顔を見た母君の目が驚いたように丸くなった。しかしすぐにその目は優しく細められる。


「君、本当に良い男ね」
「…恐縮です」
「もう!七瀬ってばどこで捕まえてきたのよー」


楽しそうに笑った母君の視線が、花瓶に飾った花へと移った。「綺麗ね」と微笑んだその顔が、花屋で花束を選んだ七瀬と重なった。



「【信じ合う心】」
「え?」
「ブルースターの花言葉よ。好きでしょ、あの子」


母君が俺にそう、教えてくれる。好きな花ではあるが、花言葉の意味を知るのは初めてだった。

俺と七瀬を引き合わせてくれた、思い出の花だ。


「(信じ合う心、か…)」

俺は七瀬の想いに真っ直ぐに応えることが出来ているのだろうか。隣にふさわしい男になりたいと思うのに、七瀬の期待に応えることが、出来ているのだろうかと…時々、どうしようもなく不安に駆られる。

それに俺は──少しでも長く、お前と共にありたいと願っているのに。



「本当はもうひとつあるのよ」
「もうひとつ、ですか?」
「花言葉ってひとつじゃないの。それぞれのお花に、いくつか違う意味あるんだって」
「それは──」


「お待たせ。買ってきたよ、シュークリーム」
「ふふ、是非調べてみてね」
「……?」


もうひとつの意味が気になり、尋ねようとしたところでタイミング良く病室のドアが開いた。病室に戻ってきた七瀬が俺達の会話が途切れた様子を察し、俺と母君の顔を見比べて、首を傾げた。


「二人で何話してたの?」




「…秘密!」


唇に人差し指を当てた母君はそう言って、まるで花のように…七瀬にそっくりな笑顔で優しく笑った。




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