【探し人の心】


「(…どうしよう、暗くなってきた)」

行方が分からなくなった真衣ちゃんを捜索して数時間が経過した。未だ、彼女は見つからないままだ。


真斗と藤川さんと連絡を取りながら捜索の範囲を広げていくけど、二人から見つかったという報告は得られていない。動揺を隠せないであろう真斗と藤川さんに代わって、私は少しでも冷静でいようと心がけていたけど…さすがに焦ってきた。

真衣ちゃん…一体どこにいるの?



「もしもし、真斗?」
「七瀬、そっちはどうだ」
「ううん、まだ何も…」

真斗からの着信に出た私は、そう伝えて首を横に振った。「そうか…」との真斗の声からするに、まだ何も手がかりがなさそうだ。


「(どうしよう)」

スマホを耳に当てたまま、私は目を閉じて呼吸を整えた。ただ闇雲に探しても効率が悪いだけ。考えて、考えなくちゃ。

真衣ちゃんの気持ちになって、落ち着いて考えてみよう。真衣ちゃんは、どうしてわざわざ外に──


「……ねぇ」


すると、私の頭に一つの考えが浮かんだ。


「もしかすると真衣ちゃん…真斗に会いに行ったんじゃない?」
「え?」
「真衣ちゃんの気持ちになって考えてみたの。どうして会場を抜け出したんだろう、表彰式を終えてその結果を一番に伝えたい人は誰なんだろうって…」


…そうだよ、きっとそう。どうして今まで思いつかなかったんだろう。

ピアノコンクールで表彰されたとして、きっと一番に真斗に会いたいって思うはず。私が真衣ちゃんの立場だったら──そうすると思う。二人の兄妹仲だもの、多少の無理はしてでも会いに行ってもおかしくない。



「…分かった。一度、自宅に戻ってみよう」
「うん、私は…シャイニング事務所の近くを探してみる!」


通話を終えて私は事務所を目指して走り出した。事務所の近くに着いた頃には夕日は全部沈んでいて…暗闇の中で彼女の姿をひたすらに探す。



「真衣ちゃーん!」

事務所の周りをぐるりと回るけどそれらしき人影は見えない。事務所の中となると許可が必要になってくるし、第一真衣ちゃんが来たら必ず真斗に連絡がいくはず。だから後は…


目に付いたのは、私と真斗もよく待ち合わせ場所に使う広々とした公園。街灯が細々と点くその公園を練り歩くと…木のベンチを背もたれにして、うずくまる小さな影が見えた。


彼によく似た青い髪は、鎖骨の下辺りまで伸びている。膝に埋めているせいで顔は見えないけれど、歳はきっと10歳頃…間違いない。ほっと一息吐いてから、私はその女の子に近づいて腰を落とした。



「こんばんは」
「…?」
「聖川真衣ちゃん、かな?」
「お姉さん、誰…?」
「真斗お兄ちゃんの…えと、お友達だよ」
「お兄様の!?」

なるべく怖がらせないようにそっと話しかけたつもりだったけど、真斗の名前を出した瞬間に真衣ちゃんは大きな瞳から大粒の涙を流した。「大丈夫だよ」と声をかけながら背中をさすることしか私には出来なかったけれど…とにかく見つかって良かった…本当に、良かった。









───


「真衣!」
「お嬢さま!!」
「じいや…お兄様っ」


真斗と藤川さんに連絡を入れると、すぐさま二人とも揃って駆けつけた。涙を流す真衣ちゃんに一目散に駆け寄って、真斗が真衣ちゃんを抱きしめた。その横では「良かった、良かった…」と藤川さんがハンカチで涙を拭っていて。


「ごめんなさい…ごめんなさいっ…わたし、どうしてもお兄様に見せたかったの…!」
「あぁ、聞いたぞ。一番になったんだな、凄いじゃないか」
「うんっ…お兄様、ずっと会いたかった…っ」


その様子を私は少し離れた場所でじっと見守っていた。二人の時間を、邪魔しないように。


自然と溢れるのは穏やかな笑みと、温かい感情だった。家族のことを、少し物悲しそうに語っていた真斗。小さな頃から期待を一身に背負い、お父様からの重圧に耐えてきたという真斗だけど、そんな毎日の中でも真衣ちゃんの存在はきっと心の拠り所だったのだと…勝手ながらに思った。

小さな身体を抱きしめるその瞳は、仕事の時の凛としたものとも、私と接する時のそれとも違っているから。


「(良かった…本当に)」


それは真衣ちゃんが無事見つかったという意味と、真斗にもちゃんとかけがえのない家族という存在が居たこと。暗がりの中気付かれないよう、私はそっとその場を離れて、遠くのベンチへと向かった。










「七瀬、ここに居たのか」
「真斗…真衣ちゃんと藤川さんは?」
「じいの車で無事に帰って行った。本当に助かったと、じいからの言伝だ」
「そっか、きちんとご挨拶出来なくて申し訳なかったな」


公園の中のベンチ座っていると、缶のカフェオレを持って真斗がやって来た。結局真衣ちゃんにはきちんと名乗ることも出来ないままだったけど、まぁそれは良いか。


渡されたカフェオレを「ありがとう」と受け取ってほっと息を吐く。空はもう真っ暗で、吹き抜ける風も冷たくなってきた。長い一日が、終わりを告げようとしている。


「今日は本当にありがとう。全て七瀬のおかげだ」
「そんな、お礼を言われる程のことじゃないよ。無事に会えて、本当に安心した」
「あぁ…そうだな」


…なんだか安心したら少しお腹が空いてきた。お腹の音が鳴らないように、真斗に気付かれないようにお腹を手のひらで抑えた。だけどすぐにバレてしまったみたいで、目が合ってふっと笑われてしまう。


「確かに昼から何も食べてないな。大丈夫か?」
「大丈夫だもん。恥ずかしいからあんまり言わないで…」
「恥ずかしがる事もないと思う…が…」


ふと真斗の表情が変わったのが気になった。真斗の視線は私の目から外れて、いつの間にか伸ばしていた私の足元にあった。さすがにちょっと走り疲れたから筋肉を伸ばしていたのだけど、お行儀が悪かったなと反省して足元を正す。


「あの、真斗…?」
「少し失礼する」
「あっ…ちょ…!」
「…やはり。踵、怪我をしているではないか」

履いていたロングスカートを捲られて、足元をまじまじと見つめられてしまった。


ヒールのあるパンプスを履いてずっと走っていたせいか、踵が靴擦れで真っ赤になっているのには気付いていた。少し血も出ているようだったけど、そのままにしてしまっていて…。家に帰ってから手当すれば良いか、なんて思っていたのに。


「俺のせいだな。すまない、すぐ手当を」
「大丈夫だよ、このくらい。真斗、絶対そう言うから気付かれたくなかったのに」


そう言って真斗を制止するけど、真斗は聞いてくれなくて。躊躇せず私の足元に移動して地面に膝を着けた。

まるで膝まづいた王子様のように私の足を手に取って、赤く擦れた場所に丁寧に絆創膏を貼ってくれる。


羞恥心で落ち着かない中、思い出されるのはひとつの記憶。そう、あの時──CM撮影で私が指を怪我した時、真斗はこうして手当をしてくれた。

思わぬハプニングに当時は慌てふためいたけど、今思えば私が真斗と二人で会うようになったひとつのきっかけだったんだ。


「あの時と同じだな」

思い出を噛み締めているのは私一人だと思ったのに、手の動きを止めないまま真斗がそう呟く。手際よく絆創膏を貼る指先も、手のひらの体温も…そう、あの時と…同じ。



「私も」
「ん?」
「私も、同じこと考えてた」


真斗が靴まで丁寧に履かせてくれてから、私の顔を見上げた。目が合って、そっと微笑まれる。
あの日は…あの時は真っ赤になっていた私も真斗も、今は少し違う。


「懐かしいな」
「…うん」


星の輝く夜空が私達を見下ろす。月明かりに照らされた真斗が立ち上がると、ベンチに座る私との高さが変わる。真斗の手が私の両頬を包んで屈んだのが見えて、そのまま身を任せるように、そっと瞳を閉じた。




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