【実家と真相】


「マーサっ」
「どうした一十木」
「最近彼女でも出来た?」
「……」


それはロケバスで移動中のこと。本を読んでいた俺の後ろの座席から身を乗り出した一十木が、突然驚きの言葉を言い放った。

固まる俺に、隣で笑いを堪えているのは神宮寺だ。幸い、そこまで大きな声ではなかったせいか…ほとんどのメンバーもスタッフも一十木の発言に気が付いていない様子だ。聞こえていたと言えばもう一人、一十木の隣の席に座っていた一ノ瀬くらいだ。


「何を言ってるのですかあなたは…!すみません聖川さん、私からよく言って聞かせますので」
「えー別に良いじゃん!トキヤも恋した方が良いよ、ただでさえ頭固いんだから」
「殴りますよ?」
「だってマサ、最近いっつも機嫌良さそうだし──ってぇ!トキヤがぶったー!」
「怖いね、イッキの野生の勘」


強制的に座席に座らされた一十木と一ノ瀬の言い争う声を背に、ほっと息を吐いた。現に神宮寺には(何故だか)知られているし、メンバーに隠さなくても良いのかもしれない。だが個人的な事だ、わざわざ言う程の事でもないと思った。それに万が一、グループ活動に支障が出たら困るのもある。




「撮影準備が整うまでバスで待機をお願いします」
「はーい!」

ロケ地へ到着し、束の間の待機時間となった。ポケットから無造作にスマホを取り出そうとした瞬間、タイミングを図ったかのようにスマホが震え着信を知らせた。

マネージャーはここに居る、七瀬が日中電話をかけてくる事もほぼ無い。となると後は…表示を見ると予感が的中している。


「すみません、少し外します」

先頭の座席に座るマネージャーに断りを入れ、ロケバスから外へ出た俺は、改めてその主を確認する。



スマホの画面には「実家」の文字。
最近はあまりかかって来ることは無かったが…不思議に思いながらも応答ボタンをタップした。


「もしもし、真斗です。…えぇ、はい。そうですか…明日ならば時間が取れますが──」










───


「お久しぶりです、父上」
「うむ」

正座をして頭を下げれば、父上は小さく頷いた。

ここは東京にある聖川家の屋敷だ。本家は京都だがこちらにも屋敷があるのは、父上が都内の企業や団体との関わりも多く、仕事上都合が良いからだと聞いている。俺にとっては、ここも実家のようなものだ。


突然…少し会えないかと父上の秘書である松山さんを通じ連絡が来た事には驚いた。面会の約束をするのは俺から申し出る事が多く、父上からお声が掛かる事は滅多にないからだ。


「頑張っているようだな、いつも活躍を見ている」
「ありがとうございます」
「この間、緑茶のCMに出ていたのを見た。あれは良かった」


早乙女学園に入学する時、アイドルとしてデビューする時…父上とは何度も衝突した。色々なことがあった。それでも今はこうして、俺の仕事を理解して下さっている。将来は聖川家を継ぐ事を条件に、仕事との両立も認めてもらった。

逃げてばかりいた頃と比べ、いくらか関係性も良くなってきていると、思う。



「今日、お前を呼び出した理由だが」

ただ世間話をする為だけに呼び出された訳でない。それは十分承知していた。お忙しい身であるのにわざわざ時間を取っておられるのだ、大事な話があるのだろう。


「真斗。お前ももう成人しただろう。そろそろ、将来のことも頭に入れて欲しい」
「…はい」


将来のこと…そういう訳か。
芸能の仕事を続けていきたいと切望した俺に対し、父上は二つ条件を出した。

一つは芸能の仕事と両立しながらでも、いずれ将来は聖川家を継ぐこと。



そしてもう一つは──


「いくつか縁談の話が来ている」


結婚相手は父上が決めること。

それを忘れたことは一度もない。



「大変恐れ入りますが、自分に結婚はまだ早いかと思っております」

俺は顔を上げず、そう父上に告げた。なるだけ感情を出さずに淡々と。畳に添えていた両手の指に、力が入る。少しの沈黙の後、「面を上げよ」と父上の声が聞こえ、ゆっくりと顔を上げて姿勢を正した。


「急ぎと言う訳では無いが、話が来ているからお前の耳に入れておこうと思ったまでだ」


理解はしているはずなのに、何故ここまで胸が痛む。理由は分かっている。目に浮かぶのは七瀬の顔ばかりだ。



「申し訳ございませんが、縁談は今後しばらくお断りして頂けないでしょうか」
「…何?」
「まだまだ未熟な身。結婚など、まだとても考えられません。今は仕事に集中させて頂きたいのです」


理由は嘘ではなかった。仕事が軌道に乗っている今、影響を及ぼしそうな事柄はどうしても避けたい。純粋に仕事が楽しい、ということもある。

それに七瀬とも…。
たとえいつか、その日が来たとしても──今はまだ、七瀬を手放したくはないし、離れるつもりもない。


「…そうか。だがいずれは──だぞ。」
「承知しております」








父上との面会を終えた俺は、屋敷を出て門の前で大きく一礼をした。

外を歩きながら、真っ青な空を見上げる。


父上と約束をしてから、俺は恋をしてはいけないのだと思っていた。しかし、どうしても抑えられない気持ちがあることを知ってしまった。人を好きになるのは理屈などではない──将来結婚する相手も、本当は自分で決めたいと思っている。

また先延ばしにしてしまうのは心が傷むが、それでも今俺は、七瀬以外の相手のことは考えられなかった。

もしかすればまた父上と、衝突することになるかもしれない。



「……私だ。一つ頼みがある」


自分の意思で人を好きになること、その尊さを七瀬が教えてくれたのだから。



「真斗の周辺を探ってくれ。…あぁ、交友関係をだ。異性との接触を含めてな」




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