【密かに想う】


「もしかして黒崎くん?」


再会は、本当に突然だった。
深夜までかかった今日の仕事を終え、家の近くのコンビニでカゴをぶら提げる。見切り品の弁当と飲み物、バナナを投げ入れてレジに並ぼうとした時、後ろから急に女の声で話し掛けられた。

振り返ると同じくカゴをぶら提げた、若い女の姿があった。ファンか?と一瞬思うが、それにしちゃやたら馴れ馴れしい。無意識に警戒するが、相手は構うこと無く俺に駆け寄ってきた。


「…やっぱり!ベース背負ってるし、後ろ姿が似てたから」
「……あ?」
「あ、ごめんね突然。私、宮中で一緒だった櫻井七瀬」

自分の顔を指差しながら「覚えてる?」なんて笑う女。記憶を辿ると、一致する顔と名前があった。

櫻井七瀬…そうだ。中学の時、確か3年生の時だけクラスが被ってた事を思い出す。


「…久しぶりだな」
「久しぶり!元気そうだね、いつもテレビ見てるよ」


中学の時、特段仲が良い…という訳ではなかった。たまに話す程度のクラスメイト、それが俺と七瀬の当時の関係だった。

人当たりが良い七瀬は、昔から人見知りもせず誰とでも仲良くなれるタイプで…俺とは性格も正反対の女。

そう、女だ。俺が苦手な。


「こっち来てたのか?」
「高校まで向こうの学校出て、大学生になって上京したの。結構東京暮らし長いんだよ」


地元の友人からの風のうわさで、七瀬の親父さんが亡くなった話は聞いていた。込み入った話をするのも悪いと思い、その場では何も聞かなかったが…それなりに苦労をしているんだろう。自分と境遇が似ているせいなのか…地元を離れた今でも、ふとどこか気になる存在ではあったからか、突然の再会には単純に驚いた。

昔のよしみに会えたのはそれなりに懐かしいが、立ち話も何だしな。適当に話切り上げて帰るか、腹も減ったし。タイミングを見計らっていると、俺のカゴの中身が気になったのか、こいつは身を乗り出して中を覗き込んできた。


「食事、いつも買ってるの?栄養偏るよ」
「お前も人のこと言えねぇだろ」
「へへ、いつもは作ってるんだけど今日は遅くなっちゃったから」
「つか、サラダだけで足りんのか?」
「だ、大丈夫!カロリーも気になるし、あんまりお腹空いてな…」


──きゅるるる



「………」
「………」


店内のBGMに紛れることなく、響く腹の虫の音。俺のものではない、目の前で腹を押えている奴が犯人だ。



「…ぷっ」
「わ、笑わないで!」

思わず吹き出すと、目の前の七瀬は顔を真っ赤にして怒り出す。カロリーだのなんだの言い訳しているが、この時間帯だ。話を聞くと今まで食事もせず仕事をしていたようだし、さぞかし腹が減ってるんだろう。



「…行くか」
「え?」
「メシ。近くの定食屋でいいか?」
「え?え?」
「奢るっつってんだよ、お前よりは給料貰ってる」


「……うん!」



定食屋で昔話に花を咲かせた俺達は、自然と連絡先を交換した。話を聞く内に、七瀬の勤務先が俺の自宅に比較的近いという事を知った。以降、度々連絡を取って二人でメシに行ったりした。

こうして七瀬と過ごす時間は嫌いじゃなかった。俺がアイツ自身に惹かれちまってる事に気付いたのは…七瀬が好きなんだと自覚したのは、割と早かったかもしれない。



「そういや七瀬、今度真斗と仕事するんだろ?」
「まさと?」
「聖川真斗、ST☆RISHの。本人から聞いた」
「あ、そうそう!うちの商品のCMに出てもらうことになったんだ。大きい仕事なの、すごいでしょ?」
「へーへー」
「もー、ちゃんと聞いてよ」

俺が自分の気持ちに気付いて間もなく、七瀬と真斗が一緒に仕事をするようになった。そして段々と七瀬の真斗を見る目が変わってきたと、違和感を覚え始めた。俺と会う度にそれとなく真斗の事を聞いたり、話題によく名前を出すようになった。

だからと言って、自分から何か行動は起こさなかった。すぐに二人がどうこうなる、とも思っていなかったからだ。


それからすぐに、真斗が七瀬に惚れ込んでいる事に気付いた。七瀬以上に、あいつは分かりやすかった。


「お前、七瀬に惚れてんのか?」

そう、聞こうと思った事もあった。
だが、何となく聞けずにいた。アイツならきっと、赤くなって慌てふためくか、何も恥じらいもせず堂々と「はい」と答えるかどっちかだろうと思った。

もしかしたら俺は、真斗に堂々と肯定されるのが、怖かったのかもしれねぇ。








「わりぃな嶺二、乗せてもらって」
「全然いーよん、通り道だしね」


新曲のレコーディングを終え、次の仕事へ向かう俺を引き止めて車に乗せたのは嶺二だった。テレビ局が通り道だから、という理由だったが、言葉に甘えて助手席のシートベルトを締める。エンジンをかける音が車内に響いて、車がゆっくりと走り出した。


「最近、ランラン何かあった?」
「……んだよ」
「もー、そうすぐ怒らないの。元気なかったでしょ、ちょっとだけ」

運転中の嶺二は俺に視線を移すことなく、淡々と話した。嶺二にはもちろん、メンバーには七瀬の存在すら話したことは無い。本来なら何も知らないはずなんだが、嶺二はやたら勘が鋭い時があるからな…俺の雰囲気で、いつの間にか異変を察していたんだろうか。


「なんもねーよ」

だが、個人的な事情を話すつもりはない。話したところで、どうにかなる訳でもない。



「これはさ、あるドラマの話なんだけどー」
「あ?」

これ以上深入りはしないだろう、という俺の予想に反して嶺二は前を見据えたま言葉を続けた。走っていた車がゆっくりと止まる、赤信号だ。


「【自分の好きな女の子が、自分が可愛がっている後輩のことを好きになってしまった。自分の方が、ずっと前に出会っているのに】」
「てめぇ、ふざけてんのか」
「だからー!ドラマの話だって!ほら、僕とレンレンが共演するやつ。いま色んな番組で宣伝してるでしょ?」
「…ちっ」

まるで全てを知っているかのように話す嶺二に、無意識に舌打ちを打つ。本当はただの他愛もない会話のはずなんだが、その内容があまりに胸に突き刺さるもんだから、やけに苛立った。


「ねぇ。その【自分】の立場になったら……ランランはどうする?」

実はその自分って、僕の役なんだけどね〜と、嶺二は呑気に笑った。

人の気など知らずに。



「どうもこうもねぇだろ」
「ん?」
「好きな女が幸せなら、それで良い」

窓枠に肘を掛け、嶺二に顔を見られないよう外側を向いた。


「俺は、そう思う」


それから嶺二は何も言わず、目的地に着くまでひたすら沈黙が続いた。

俺は自分の気持ちを誤魔化そうと、車窓から駆けていく外の景色をただ眺めていた。
やたら目に浮かぶ、七瀬の幸せそうな顔を必死に掻き消しながら。


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