【特別な関係】


「お…」
「お?」
「美味しすぎる…!」


指先で口元を抑えた七瀬の反応があまりにも可愛らしく、つい吹き出してしまった。「笑わないでー」と口を尖らせるその姿は、いつも綺麗に粧し込んでいて、それが俺の為なのだと思うと自然と心が踊った。


以前に約束をして、来ることが出来なかった料亭。目を輝かせ天ぷらに手を伸ばす七瀬の反応を見る限り、どうやらお気に召したようだ。

また来ようと約束をして…その約束が叶えられる、そんな関係になれた。


「ペースが早いな、大丈夫か?」
「あ、ごめんね。美味しいとついお酒が進んじゃって…」
「謝る必要はないさ」

それ程七瀬が俺に気を許してくれている、という事ならば俺も嬉しい。頬を赤く染めて笑う七瀬を見て改めて、今までとは違う恋人という関係になれた喜びを噛み締めた。


「真斗は全然酔わないよね。お酒強い?」
「弱い方ではないが…ペース配分には気を付けている。酔った姿を、あまり人には見られたくないからな」
「へぇ…」
「俺は職業柄、接待や付き合いも多い」

酔い潰れた姿など見せたらイメージが悪いだろう?と言葉を足せば、七瀬は「なるほど…」としみじみ呟いた。



「どうすれば私も真斗みたいになれるかな?」
「…そうだな」


視線を上げて、七瀬をじっと見つめると、七瀬は少し驚いた顔をして、ゆっくりと箸を置く。


「相手を立て会話の主導権を握らせつつ、酒のペースはこちらが持つ」
「……」
「それがコツ、かな」


話しながら空になった七瀬のお猪口に日本酒を注ぎ足す。もちろん今日は七瀬が相手だから、ほんの一口分だけ傾け、すぐに戻した。



「なんか、大人だ…私よりずっと」
「そんな事はないと思うが」
「勉強になります」


丁寧に頭を下げた七瀬が、すぐに顔を上げてにこりと笑う。七瀬と同時にお猪口を口に運べば、程よいアルコールが口の中と心を満たしてくれた。二人で共に過ごせる貴重な時間は、こんなにも気持ちを温かくしてくれる。









───


「わぁ…すごく綺麗!」
「上が展望台になっているんだ。七瀬と来たいと思っていた」
「嬉しい、ありがとう真斗」


食事を楽しんでからそのまま帰るのが惜しく、俺達二人は建物の屋上までエレベーターで昇った。広々としたスペースからは東京の夜景が望めるようになっている。景色を見るなり、七瀬の目が嬉しそうに輝いた。


手すりに腕を乗せ、靡く風を浴びながら静かなひとときを過ごす。天気も晴れやかで空気も澄んでいて…今日の夜景は一段と美しい。



「私、ちょっとだけ不安になる」
「ん?」
「こんなに幸せで、良いのかなって」
「……」
「真斗はアイドルで、私は仕事で出会ったとは言え一般人で。だから何て言うのかな…こう、恋人になれたことが奇跡で、夢みたいで現実的じゃないっていうか」


風が俺達の髪を撫でたと同時に、七瀬が手すりを握って呟いた。小さく笑ったその顔が儚げで、少しでも手を離せばどこか遠くへ行ってしまいそうな気がしてならず…俺は堪らず七瀬の手に自分の手を重ねた。


「真斗?」
「夢ではない、俺はここに居る」
「…うん」
「確かにこれから…不安にさせることもあるかもしれない。だが、俺にとって七瀬は特別なんだ。それだけは忘れないでいて欲しい」


丸くなっていた七瀬の瞳がゆっくりと細められた。暗闇でも分かるほんのり色付く頬、きっと先程のアルコールのせいだけではない。


「…うん」


芽生えるのはただ、愛おしいという感情。

気持ちが溢れると、どうも止まらなくなる。ここは外だ、そう自制してもつい触れたくなってしまい…赤い頬に誘われるよう、そっと七瀬に手を伸ばした。


今日は下ろしている髪を耳にかけて、そのまま七瀬の肩に手を滑らせた。
「わっ」と少し驚いた声が聞こえるが構うこと無く自分の方へと引き寄せると、二人の身体がぴたりと密着した。横をちらりと見ると、照れたように俯く七瀬の横顔がそこにあって。


「七瀬」と名を呼ぶと、上目で俺を見た瞳と視線がかち合う。頬に手を添え顔を近付けたところで、戸惑った様子の七瀬が控えめに俺を制止した。


「あ、あの真斗…」
「嫌か?」
「嫌、とかじゃなくて…ここ外だし、人が来るかもだし…ほら!誰かに後をつけられたりしてるかも」
「俺を甘く見ないでくれ。つかれている時とそうでない時の区別くらいつく」

今は大丈夫だ、と告げると七瀬は「そ、そうなの?」と小首を傾げた。幾らでも離れるタイミングはあっただろうにその気配はなく、逆にこっそりと俺の服の裾を指先だけで遠慮がちに掴んでいる。

…何だ。こう、上手く言えないが。七瀬の仕草はいちいちグッときてしまう。きっと無意識なのだろうが、俺の心をくすぐる言動をしてくるのは、少しばかし狡いのではないかと思う。


「可愛いな、本当に」
「…!?な、んで急にそんなこと言うの!ずるい」
「思った事を言ったまでだが…仕方ない、七瀬が言うのなら今日はここまでにしておこう」


俺が思っていた言葉をそのまま口にした七瀬が可笑しくて、笑って身体を離した。すると七瀬の表情がほっとしたように緩んだ。それがまた…少しだけ悔しく、


「じゃあそろそろ帰ろうか」


そう言って後ろを向いた七瀬の腕を軽く引いた。



「な、に…」

何か言おうとした七瀬の唇に、触れるだけのキスを落とす。



「……」
「家まで送ろう」

ぽかんと口を開ける七瀬の手を引いて促すと、我に返ったように慌てて手を握り返してくれた。

二度目のキスは不意打ちで、少し強引で。唇を噛んで「やっぱりずるい…」と不貞腐れる七瀬を見て、やはり好きだと実感せずにはいられない。

隣を歩いているこの愛おしい存在を…願わくばずっと、傍で守っていきたいと密かに誓った。




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