【夏と浴衣と】


涼しげな白い生地に、青色の朝顔が咲いた浴衣。少しでも落ち着いて見えるよう紺色の帯を締め、髪は下の位置でまとめ髪をして、差し色で赤色のかんざしを挿す。いつもはベージュ寄りのピンクのリップが好きだけど、今日は赤みのある明るい口紅を選んだ。


「変じゃないかな…」

家を出て待ち合わせ場所に着いてからも、内心そわそわして落ち着かない。仕方ないの、浴衣で花火大会へ行くなんて久しぶりなんだから。おかげで上から下まで全部新調してしまった。

周りには同じく浴衣姿のカップルや、私服ではしゃいでいる男女グループ、家族連れなど、皆楽しそうに口を開けて笑っている。夏祭り独特の雰囲気に、私も確かに浮き足立っていた。


「一緒に花火大会来てくれるなんて、絶対脈アリだって!」
「えー?本当に?」
「絶対だよ!告白しちゃいなって!」

若い女の子がそう会話しながら私の目の前を通り過ぎた。良いなぁ、若々しい。私の目から見てもとっても可愛いよ、きっと告白成功するよ…なんておばさんのような独り言を心の中で唱えた。


「(告白…か)」

私は真斗のことが好きだ。いっそのこと本人に直接好きだと伝えてしまえば、気持ちが楽になる気がする。夏の夜の雰囲気に流されて、想いを吐き出してしまいたくなる。

だけどその後はどうなるんだろう。気まずくなるのは目に見えている、きっと今までのような関係ではいられない。こうして二人でプライベートで会うこともなくなるのだろう。

今の、この関係性を壊してしまうことが怖い。だから私は先の一歩を中々踏み出せないんだ。


私のように一人で待ちぼうけしていた人も徐々に減り、周りの人々はそれぞれ待ち人と合流して花火がよく見える神社の境内へと向かっている。花火が始まるまであと30分足らず、というところだろう。待ち合わせの時刻まではまだ10分程時間がある、彼はまだ来る気配はなさそう。


真斗は今日、ぎりぎりまで仕事だと聞いている。だけど「必ず行く」と約束してくれた。


「(勇気出して、誘って良かったかも)」

神宮寺さんの後押しもあって、あれから無事に今日の約束を取り付けることが出来た訳で。自分から好きな人を花火大会に誘うなんて、今までの私には無かった経験で…それはもう緊張したし、断られたらどうしようって不安になった。だけど神宮寺さんの言う通り、いや予想以上に真斗は嬉しそうに誘いを受けてくれた。


私の提案に「楽しみだな」と笑ってくれた真斗の顔を思い出して、自然と頬が緩む。早く、会いたいな。


にやけた顔を人に見られないように下を向いた時、手提げの巾着袋が震えている事に気付く。中に入ったスマホがバイブで知らせてくれていたのは、真斗からの着信だった。

「もしもし?」








────


「機材トラブル…ですか」
「申し訳ございません!あとワンカットだけなのに…終了予定時刻過ぎそうなんですけどこの後のスケジュール大丈夫ですか?」
「…分かりました、大丈夫です」
「すみません!なるべく早く対処します!」


申し訳なさそうに頭を下げて走り去っていくスタッフに、「大丈夫ではない」と言えるはずもなく、俺は周りに気付かれぬよう小さく溜息を吐いた。元々ギリギリのスケジュールだ、少なくとも花火開始の時間には間に合いそうない。残念だが仕方あるまい、楽しみに…していたのだが。それよりもあんなに目を輝かせていた七瀬を失望させる方が、余程辛い。


「神宮寺、少しだけ席を外す。すぐに戻るが何かあれば…」
「電話の相手、七瀬ちゃん?」

今日の雑誌の撮影は神宮寺と二人の仕事だ。しかし突然奴の口から七瀬の名前が出た事に驚く。固まる俺を見るなり、神宮寺はまるで全てを知っているかのような笑みを浮かべた。

「今日約束してたんだよね。花火も始まりそうな時間だし…早く連絡してあげた方が良いよ」
「ちょっと待ってくれ。なぜお前がそれを知っている」
「ほら、いいから早く」


俺の疑問に答えることなく、手を払って催促する神宮寺に促されるまま、俺はスタジオの外に出てスマホを操作した。まったく、どこまでもお節介というか世話好きな奴というか…まぁ良い、今はとにかく七瀬に連絡を。



「もしもし?」
「もしもし、七瀬か?」
「うん。どうしたの?何かあった?」
「あぁ、実は仕事でトラブルが…。すまないが間に合いそうにない」
「…そっか、分かった!仕方ないね」
「本当に申し訳ない。必ず埋め合わせを」
「私は大丈夫!お仕事頑張って」
「あぁ…七瀬」
「なに?」
「夜道は危ないからな。気を付けて帰るんだぞ」
「もう、心配性だなぁ。けどありがとう」







真斗との通話を終えると、持っていたスマホは待受画面に戻る。表示されている時刻を見て、私は小さく溜息を吐いた。本当に小さく、ちょっとだけ。


大丈夫、全然辛くない。仕事なら仕方ないじゃない。これくらいで傷つくほど、子どもでもない。


けど、


「一緒に、見たかったな」

ぽつりと零れた本音は、雲ひとつない夜の闇へと消えていく。しばらく一人佇んでいると、周りに人はほとんど居なくなっていた。


そろそろ、行かなくちゃ。一緒に歩きたかった大好きな人を頭に思い浮かべながら、私はカランコロンと新品の下駄を鳴らした。




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