【意識する?】
「………」
「………」
「いたっ」
「ボケっとしてるからだろ。ちゃんと話聞いてたか?」
鈍い痛みに、思わず声を上げた。
ぼーっと考え事をしていたら、隣に座っていた蘭丸におでこを小突かれてしまったからだ。
ここはシャイニング事務所の一室。
今は蘭丸との仕事の打ち合わせの真っ最中である。
「ごめん…蘭丸と二人だと気が緩んじゃって」
「仕事ならちゃんとしろバカ」
「返す言葉がありません」
だけどバカは酷いと思う。おでこも、ちょっと痛いよ。いや、悪いのは私なんだけれど。
この前の聖川くんとの出来事から一週間が経った。あれから聖川くん本人と顔は合わせていない。
だけど、あの日から確実に胸がドキドキして動揺している自分がいた。最近はそのことばかり考えてしまっている。次会う時、気まずくないかなって変に悩んだりして。
はぁ…仕事中なのに、私ってば何を考えてるんだろう。
気を取り直して書類をテーブルでトントンと整えていたら、背後からドアをノックする音が聞こえた。
「おー、真斗」
「……!」
ドアに背を向けた席に座っていたから誰が入ってきたのかは分からなかったけど、蘭丸の声ですぐにその主が誰か気付いてしまった訳で。
バサバサッと、せっかく揃えた書類がテーブルに逆戻り。慌てて掻き集めて、動揺を隠すようバッグに押し込んだ。
「わりぃ、次の予約お前か?」
「すみません、早く来すぎてしまいましたね」
「いや、もう終わったとこだぜ。なぁ七瀬」
蘭丸の言葉で私の存在に気が付いた聖川くんとばっちり視線が合う。久しぶりの聖川くんの姿に、自然と緊張して背筋が伸びた。
「櫻井さん…」
「あっ、こ、こんにちは」
「お疲れ様です。この間は──」
「あぅ…」
「いえ、何でもありません」
蘭丸がその場にいる事を察して、聖川くんは言葉を止めた。蘭丸は特に気にする様子も無く、聖川くんと雑談を続けている。
聞くところによるとここの会議室は予約制で、タレントが自身で予約が出来て打ち合わせなどに活用しているらしい。聖川くんはこの後、新しいお仕事の顔合わせがあるらしく、早めに着いたとの話だった。
「お邪魔してすみません。私そろそろ失礼しますね」
この間の出来事を除いて、特に何がある訳じゃないけど…なんとなくその場に居るのが気まずくて、私は早めに立ち去ろうとした。何より、聖川くんの顔を見ると変に緊張しちゃうし…。
「あっ…!」
だけど私が慌てたせいで、ガタンと椅子を引いた瞬間──勢い余ってテーブルに置いたカップが音を立てて倒れてしまった。中に少しだけ残っていたコーヒーがテーブルの上に広がってゆく。
「何やってんだそそっかしい」
「ごめん!今片付け──」
もう本当だよ…!慌てるとろくな事がない。私の馬鹿!
コーヒーメーカーの横に置いてある布巾を取ろうと、急いで手を伸ばす。だけど、
その手はすぐに遮られてしまった。
聖川くんが、私の手をパッと掴んで止めたから。
「火傷します。俺がやります」
触れた手の平から体温が伝わる。温かい、手。けどやっぱり男の人で手…こんなに大きいんだって思ったりして、
「(へ、変に意識しちゃって顔見れない…!)」
「す…すみません、無意識に」
「い、いえ…ありがとうございます…」
「……」
すっと離れていく聖川くんの手。一方の私は小さな声でお礼を言うのがやっとだ。聖川くんが手際よく片付けてくれるのを私はオロオロしながら見るしかなくて、どことなく聖川くんも落ち着かない様子で…微妙な沈黙が流れた。
「お前ら、なんか変じゃね?」
「「((ぎくっ))」」
今まで黙っていた蘭丸が突然、そう言った。
私と聖川くんの肩が同時にビクッと揺れる。ま、まずい…!今、変な空気流れてたよね…!?どうしようかと悩む前に、とりあえずここを出てしまおう…そう決めた私は、急いで鞄を肩に掛けた。
「色々とお騒がせしました!えっと…それじゃあ私はこれで」
「おう、またな」
「う、うん。聖川さんも、お片付けありがとう…」
「い、いえ。お気になさらずに」
ドアをパタンと閉めて、胸に手を当てながらふぅー…と息を吐いた。手を握られただけでこんなに動揺している。触れるのは別に初めてではないのに。
「…もう少し、話したかったな」
ぽつりと独り言が漏れる。お互い仕事中なのに、そんな事考えるなんて社会人としてどうかと思うのに。次はいつ、ちゃんと会えるのかな。
家に帰ったらLINEでメッセージでも入れておこう。そう、今日のお詫びとお礼…丁度良い口実もある。そんな事を考えながらコツコツとヒールを鳴らして出口のある一階へと向かうべく、廊下を歩いた。
「櫻井さん!」
「え?」
だからまさか、聖川くんが後ろから追いかけて来てくれるなんて思わなくて。すぐにまた会いたくなってしまった私の我儘は、思いがけずこんなに早く実現してしまった。